ブラームスへ
日比津 開

もうかなり昔のこと
僕はあなたの住んでいた部屋
お墓を訪ねたことがある

そのとき、あなたのお墓の前で
僕はこう祈った
『クラシック音楽、あなたに関わるこの仕事を
僕の一生の仕事、天職とさせて下さい』と

しかし、予期せぬことが起こり
その願いが叶わなくなったとき
僕は人生を諦め、人付き合いを絶ち
音楽を聴くのを一切止めた

そのあと、僕は社会の外にいて
いつか路傍に死す
自分の姿しか想像できず
生きている屍同然の毎日を
送るようになった

しかし、それから数年後のあるとき
ラジオを聞いていると
あなたの作品、交響曲第4番が
流れだした

聴くつもりなどなかったのだが
ラジオを切るまでもなく
演奏は第2楽章に入っていった
あまりにも渋くて
気が滅入るような第1楽章のあと
しみじみとして落ち着いた
旋律が流れてゆく
まるで晩秋の落ち葉が敷き詰められた
小径をゆっくり歩くようにー

そして弦が次第にふくらみを増し
この上なく美しい旋律を奏ではじめる
たった1回だけで終わり
繰り返しのないことが惜しいくらい

あなたのこの曲は、これまでにも
何回となく聴いてきたのに
こんなにも胸に響いてくる旋律が
ここにあったとは!

そのことがあってから
僕はクラシック音楽の封印を解き
諦めていた人生を思い直し
新たな道を歩むことになった

もはや天職を失い、あなたの前でした
祈りは過去のものでしかない
しかし、僕はあなたを以前にも増して
好きになり、その作品に親しんでいる
音楽を愛するひとりの者として
もう僕はあなたから離れられない



自由詩 ブラームスへ Copyright 日比津 開 2019-10-07 12:06:23
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