楕円
こたきひろし

そこは始発駅
そこは終着の駅も兼ねている

冬の夜はまだ明けていなかった
寒気が顔の皮膚を
まるで
剃刀みたいに切り裂いてくる

旧年が去って
新年を向かえていた

時刻は午前四時半を回っていた

巨大な駅の構内は
まだその眼を開いていなかった

私は十九歳
未成年だった

故郷に一刻も早く帰りたくて
その日一番早い電車に乗ることにした

その為にタクシー代を惜しまなかった

私と同じく
駅が眼を覚ますのを待って集まる人達がいた


凍えてしまいそうな寒さの中で
白い息を吐いていた

その時構内の一角で怒号があがった
静寂は一気に切り裂かれた

私は反射的に怒号がする方向に視線がいってしまった
そしてそこに展開されていた光景に
思わず全身が震えて足がすくんでしまった

季節外れの汚れた衣服をきたお年寄りが
若者二人に殴られ蹴られ引きずり回されていた

その内に
遠巻きにして人だかりが出来てしまった
誰一人助けには入らなかった

私はその場から去ろうとした
傍観しているには
たえられたくて

その時
身なりのきちんとした紳士が一人
円陣から一歩前に出た
しかし
その両足の片方は障害を持っているに違いなかった

臆病者の私は
もうそれ以上
傍観している勇気はなかった
それは
巻き込まれたくはなかったからだ

弱い小動物は
獰猛な獣からは逃げる以外にないのだ
身を守るためには

私はその場から足早に移動した

私は帰郷した

しかし
私は家族含めて誰にも
その事件について口外しなかった

調べたり確かめたりもしなかった

私はどこまでも臆病な羊にしか
なれなかったのだ













自由詩 楕円 Copyright こたきひろし 2019-10-06 20:35:46
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