義父が急に認知症?に
ふるる

今月はじめ、10年前からピック病(初老認知症)の義母(72歳)の面倒をみながら二人暮らしていた義父(77歳)が、腰痛で苦しんでいるので様子見の電話をしたら、昼間家で転んで頭を打ったと言っていて、しかもろれつがまわらないので急いで救急車を呼んで病院へ行ってもらいました。CTやMRIで脳の出血は問題なしでしたが、言葉が全然でなくて、記憶もあいまい、こっちの言っていることも理解できない様子。担当医が週1しか病院に来れなくて、診断を待ってるうちに2週間たったらすっかり何もできなくなっていました。
そんなに急激に、認知症だか健忘症だかになってしまうのか…
あんなに元気で、明朗で、快活で、健康おたくだった義父が…夫も私も呆然としてしまいました。
診断では、言葉や記憶がだめになったのは頭を打ったせいではなく、それ以外、少し脳が萎縮してるけど年齢並みとのこと。前行性健忘症?かもだけど、よく分からないとのこと。病院としては他にすることはなく、退院して施設に入るのを勧められましたが、そのままリハビリをしてもらう方向で今話を進めています。(リハビリしてくるれるかどうか、またリハビリ科での診断を待たないといけない)

でも、不幸中の幸いというか何というか、義父はずっと原因不明の腰痛で悩んでいて、病院や整体を何軒も回ってて、各種痛み止めが全く効かず、最近は眠れない、死にたいくらい痛い、今からお母さんと一緒に死ぬから、通帳の場所とか教えるからすぐ来てくれ!と泣きながら夫を何度も呼びつけていて、夫はそのたびに会社休んだり父を病院に連れて行ったり、なかなかに大変でした。その腰が、記憶能力がなくなったせいか?死ぬほど痛くはなくなったということでした。

このまま病院にいたらやばいということで、2日間実家に一時帰宅しました。最初は歩けない、喋れない、だったけど、2日目には手すりをつたって歩けるし、意味不明ながら喋るようになってました。短期記憶がだめで、私を見て何度も「あれ、ふるるちゃん、いつきたの?!」と驚く義父でした。歩くのが危ないので急きょ、あちこちに手すりを夫と二人で打ち付けたりしました。食器棚にも。
夫は弟がくも膜下出血からの半身不自由と言語障害、母親のピック病、ついに父親もか!とショックを受けて泣いてました。
急にだったので、銀行カード番号や入院保険とか義母の自立支援医療費受給者証のこととか書類がわからない、どうしよう?となりました。でもきちんとまとめておいてあったので助かりました。

みなさんも是非、いつ何があってもいいように、書類の場所は分かりやすく、手続とか毎月の支払のこととか、どこかに書いておくことをおすすめします。後でお世話をする人のために。
あと、年をとったら難しいのだろうけど、家を清潔に、物を少なくして整頓しておくというのは、家族やヘルパーさんに動きやすさとか物の探しやすさを提供する意味で大事だなと思いました。
あとあと、動物を飼うのは良く考えて…自分が痴呆症になったら誰が飼うのかとか考えといて欲しいです。義父母の飼ってる猫、可愛いんだけど、抜け毛がすごくて掃除の手間とエサやり糞の後始末とか、介護に加えて余計な手間が…実家に泊まるとくしゃみで眠れないし。可愛いんだけども。
これからどうするのかは、ピック病の義母は無気力でぼんやりしてて毎日パックのお寿司しか食べない、というだけで、危なくはないのでヘルパーさんに毎日きてもらい、土日は実家へお世話しに。義父がリハビリをしてある程度危なげなく動けるなら自宅に戻り、だめそうなら施設か…猫はどうしよう???と話しています。

私の母(77歳)は、自分の母(96歳)を面倒見てて介護うつに、義父は義母の面倒を見てて腰痛で死にそうに。
思うのは、70歳過ぎたら認知症の人のお世話は無理…たとえヘルパーさんや家族の協力があっても、自分が主体となってやるのは無理なのかも、ということです。私は何度も、母や義父に、歳も歳だし、無理なのでは?施設に預けることを考えては?と言っていたのですが、二人とも「ご飯もトイレも自分でしてくれるから、世話はそんなに苦じゃない」と言ってたんです。なかなか、踏ん切りがつかないのは分かりますが、寄るとしには勝てない…


散文(批評随筆小説等) 義父が急に認知症?に Copyright ふるる 2019-09-23 13:44:44
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