山を歩く日
帆場蔵人

緑陰を行くとき
ざわめきになぶられ
足音すら影に吸い込まれ

山野の骸になり
骨を雨風に晒して
いつのまにか
苔生していく
もう
誰にも
祈られない
石仏の膝もとで

やがて枯れ葉が降り積もり
秋の風の冷たさを思えば
雌鹿が私を跨いで駆け抜けていく

草陰に埋もれた石仏の眼差しになるのは
山間を吹き抜ける風になることと等しく
遠く鶏舎から響く牧歌に乗り

私はいつしか大海を吹き荒び
浜辺で遊ぶ人々の足に絡みながら
見知らぬ港の市場に吊り下げられた
鳥の羽根を儚み草原で泣き荒ぶ

風はうねり逆巻いていく

寒さばかりの国では老人たちが
雪原の彼方で樹氷に変りゆき
幼児から常なる火を奪う冷たい手
凍りつきかける信仰にそれでも
縋り涙を捧げる声が聞こえる

風は鳴き荒ぶばかり

だが海に写る風を観るものは
それを無視することはできない
命を運ぶ波風を見定める船人たち

今、緑陰のなかに直立して
苔生した石仏と、風が残した
足跡を飽くまで眺めている

どこへ? どこかへ、風は吹くまま


自由詩 山を歩く日 Copyright 帆場蔵人 2019-09-22 18:28:08縦
notebook Home 戻る  過去 未来