悲しみからはじまる物語
こたきひろし

人間の恐怖は死へと繋がっている
らしい

昨夜は
怖い夢を見た
と彼女が口にした

ユニットバスのなかで
お湯に二人は浸かっていた

夫婦和合の秘訣は
一緒に風呂に入る事だと

父親に教えられて以来
彼女が入浴出来ない時以外は
いつも二人風呂だった

勿論
娘二人がちっちゃい頃は四人風呂だったけれど
今は二人共に成人したから
さすがにそれはなくなった

彼女は私の髭を剃ってくれる
お互いが体を洗いあう

子供が出来る前までは
それが性的な興奮をもたらした


ツガイの男と女になって

その内に子供が出来ると
お互いが
父親に母親に
普通になっていた


性と愛
情愛は
家族への愛に昇華してしまった

昨夜は怖い夢を見たと
彼女が口にした


どんな夢だと
私は訊いた

彼女は死んだ夢だと
答えた
死んで火葬場で焼かれる
夢だと言った

それは
無理もなかった
彼女はほんの一週間前に
急性心筋梗塞の疑いで
緊急入院したのだから

結果
心臓に繋がる血管が詰まってしまう寸前だった
医者に検査結果を伝えられた

無事退院したが
彼女は自身の体内に爆弾を抱えてしまった
いつ破裂するやもわからない

自宅での投薬治療に加えて
もしふたたび
心臓に痛みが起きた時は
舌の下で溶かして飲んで欲しいと
ニトログリセリンを出された
いつもその時に備えて
肌身離さずに

この先
私は自分自身にも
取り外しのきかない爆弾を
仕掛けられたと
認識しない訳にはいかなくなった

死ぬ夢なんて
誰でも見るさ
俺だってよく見るよ
気にするなよ

彼女に言いながら

私は心臓のざわめきを
感じない訳には済まなかった

人間の恐怖は死へと死へと
繋がってしまうのは
確かである


自由詩 悲しみからはじまる物語 Copyright こたきひろし 2019-09-13 05:56:00
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