エミールとアリサ
la_feminite_nue(死に巫女)

 アリサは言います、「わたしは、わたしのことが知りたいのです」。それに対してエミールは答えます、「人は人の役に立つために生きている、自分のことを知ることは二の次だ」。それに対してアリサは反駁します、「人と人とはつながっています。自分を知ることは、他人を知ることにもつながるのではありませんか」。それに対するエミールの答えはこうです、「今はインターネットの時代だ、完全な個人などというものはないんだよ」。アリサはめげずに言い返します、「個人が集まって社会はできるのでしょう、わたしのことを知らなければ、他人を知る足がかりにもなりません」。エミールは頑として答えます、「他人を知ることから、自分のことも見えてくる、君はまず他人を知らなくてはいけない」。アリサは言います、「その他人の中に、わたしもいるのでしょう、あなたにとってわたしは他人です。あなたの中には、わたしという女が一人見えているはずです」。エミールは言います、「それは僕も分かっている、しかし、自分と他人とのあいだにはたしかな境界があるのだ」。アリサは答えます、「あなたはさっき、完全な個人というものは存在しないと言いました、あなたの言うことは矛盾しています」。エミールも反論します、「社会というつながりのなかで、自分自身を保つということも定めの一つだ、人は自分に責任を持たなくては、社会というものは成り立たない」。アリサは言います、「あなたは社会のことを第一に思っているのですか?」。エミールは答えます、「そうだ。社会がなければ個人は存在しえない」。アリサはつぶやきます、「たった一人で生きている人というのもいるのでは?」。エミールの答えはこうです、「それは原始というものだ。人は社会を形作るようになって進歩したのだよ」。アリサはなおも抵抗します、「それでも、わたしはわたしを知りたいのです、まずはあなたのなかにいるわたしを知りたいのです」。エミールは残酷に突き放します、「僕のなかにいる君は、とても小さな存在だ。君のことを思うよりも、僕はまず一番に社会のことを考える」。アリサは尋ねました、「ある人を含まない社会というものは存在しますか?」。エミールは答えます、「存在する。一人の人が欠けても、社会は社会だ」。アリサは反駁します、「あなたはやはり矛盾している。わたしを含まない社会を広げていけば、あなたを含まない社会、彼らや彼女たちを含まない社会もできてしまうのです」。エミールは言いました、「それでもやはり社会は存在する」。アリサは言います、「あなたは、あるもののなかにないものを見ています。ないもののなかにあるものを見ているのです」。エミールは答えました、「そうだ。あるものはない。ないものはある。それが社会というもののあり様なのだから」。アリサは悲しげに言いました、「わたしを知るということは罪なのですか?」。エミールは答えました、「君は、永遠の罪のなかに閉じ込められるだろう。僕は、永遠の解放のなかで社会というものを知るのだ」。アリサとエミールはともに死すべき存在としてあり、いつかこの世界から消えるでしょう。白鳥と百合の花だけがそれを知っているのです。


自由詩 エミールとアリサ Copyright la_feminite_nue(死に巫女) 2019-09-10 14:42:15
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