ku-dan
la_feminite_nue(死に巫女)

 件は、ビル街の谷間を人に知られずにさまよう。件を見た者はない。人には見えないのだ。ある者は、件は影だと言い、ある者は、件は光だと言う。かすかに足音が聞こえるだけだ、そう言う者も。誰にも見ることはできないのだから、件に係る表現は、憶測の賜物だろう。件をもし仮に見たとすれば、すでにその者は狂気に取り憑かれている。黄泉のごとき不安の中で、件そのものとなって狂死するのだそうだ。
 件は、この世ならぬ者であり、彼の世の者であるのだ。また、件は言葉にすらできないという者もいる。件のことを話していると信じる者は、件の影についてしか言っていないのだと。その件の影すら、件の影の影であるのかもしれない。街の家々と家との間で、建物と建物との間で、路上や地下で、また中空に、件がいると感じられるなら、そこに件はいるのだ。雲のように、彼岸花のように。あるいは、件の影が。自分の手の指先が、茎のように細長く伸びるのを感じたら、自分の口先から風のような音が鳴るのが聞こえたら、中空に無数の透き通った泡沫が現れるのを目にしたら、そこには件の影の影が触れている。あるいは、件の影の影の影が。
 件について、一つだけ知られていることがある。それは、件がとても細長い者であることだそうだ。あるいは、か細い腕のように。あるいは、白い絹糸のように。そして、件を最初に見た者が、件について最初に話をした時、件は誰からも見られ得ぬ者となった……。
 件は、ビル街の谷間の広いアスファルトの上を、あるいは空中を、人に知られずにさまよう。件のことを知りたいと願った時、人は件の影、あるいは件の影の影、あるいは件の影の影の影に、すでに取り憑かれている。一度知ったのであれば、その「影」から逃れることはできない。件の影に取り憑かれてしまった者は、すべてを「件の影」として話してしまうようになるのだから。


自由詩 ku-dan Copyright la_feminite_nue(死に巫女) 2019-09-07 18:13:35
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