あれが灰色の海であれば
la_feminite_nue(死に巫女)

 梅雨が割れて、──あの灰色のあたり、あそこから落ちてくるのだろう。靄った街のあいだに。そこここに光、それは人の気配であるのだけれど、私を通過していく。私は薄い闇だけを見ている。グレーの綿。あれが灰色の海であれば、私は天に立って、逆しまに世界を見つめている──ため息と、いくつかの呆れた思い。親なし子のように、水のない海の底を泳ぐ愚かさだけを引き連れて。年月だけが、経ったかのように感じられる? 感じられはしないけれど、たしかに月日は経って。元に戻りたい? 戻りたくはないけれど、なくしたもののことを弔っている。こころのなかに、梅雨、ぽっかりと、空隙があって。世界は湿度で満たされているはずなのに……。あの、灰色のあたり、あそこには、誰か囁きかける人はいるのだろうか? いないのかもしれない。でも、あそこに灰色はあるんだわ、と、そうね。──夕食を食べなかったのが悪かった、夕食の時間だったのに。

 ……だから、少し頭が痛むのだろう。誰かの打擲のせいではなくって。誰かの打擲のせいではなくって、海のようにあの灰色があるからなんだわ。

 梅雨を恨むすべもない、なだらかに波打つ音を打っている、薄い闇。私を通過していく。焼かれた手紙。グレーの綿。──あれが灰色の海であれば……。


自由詩 あれが灰色の海であれば Copyright la_feminite_nue(死に巫女) 2019-08-26 08:51:47
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