コーヒーだけなんです
la_feminite_nue(死に巫女)

落下するのです。あれは私たちとは別の世界。
誰かが言ったわ。
「生きるためには仕方がないから。
 死にたくないのであれば、相手に悪いなどと思う必要はない」
……そうなのかしら、
とその言葉をかみしめる。
国体がそうなの? 社会がそうなの?
あの事件を起こした人たちと、彼らは変わらない。
「生きるためには仕方がないから、
 相手は死んでも悪いと思う必要はない」
……本当かしら、
とその言葉をかみしめる。
いくつかの命が散り、それを傍観者として見つめ、
「僕は悪くはないのだ」と、
言い聞かせる。
いじめられた子供のように──。
落下するのです。あれは私たちとは別の世界。
互いに殺し合う戦場のような世界があり、
いつしか私もそれに巻き込まれている。
「生きるためには仕方がないなら、
 私が死ぬのであればいっしょに死にませんか?」
そんな思いを飲み下しつつ、
なされるがままになされている。
……本当かしら、それは私?
カフェに煙草を吸いに行く。
拘束室のような喫煙室のなかに。
私はタブレットを持っているわけでもなく、
手持無沙汰に時間を過ごす。
「コーヒーだけですか?
 それでは私たちは生きられないのです」
「コーヒーだけなんです。
 そうでなければ私は生きられないから」
落下するのです。彼らも私も。
バブル経済がはじけたように、
バブル自尊心がいつしかはじける。
失われた自尊心の20年、それはさぞかし地獄なのだろう。
煉獄のなかで出口を探すのは、
天国のなかで煉獄を恐れるよりも得なのだろうか。
高い天のある青空を思い出す。
どこかの後進国のように、穢れのない空を。
「私って現代的ですか?
 あなたたちの価値観を受け入れましょう。
 死にたくないのであれば、
 相手に悪いと思う必要はないと」
「いやです。
 なぜなら僕たちが国体なのだから」
という幻想。
なされるがままに日々なされながら、
悪態をつくことにも飽きている、私。
それは果たして私だろうか?
死んだ人もいるというのに、
死はあたかもそこにないかのように──。
「コーヒーだけですか?
 それでは私たちは生きられないのです」
「コーヒーだけなんです。
 そうでなければ私は生きられないから……」
皮肉を弄することは苦手なの。
傷付けてしまったらごめんなさい。
でも、私は悪いなんて思う必要はないのよね?
事実を話しているだけなのだから……
「コーヒーだけですか?」
「ええ。コーヒーだけなんです、
 シガレットが違法になるまでは──。」


自由詩 コーヒーだけなんです Copyright la_feminite_nue(死に巫女) 2019-08-26 08:50:23
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