幸恵さんからの手紙
コタロー

親愛なる由梨絵さんへ

 心のこもった丁寧なお手紙、有難うございます。
 まだ、杉谷家の娘になったばかりで緊張の毎日だと思いますが、あなたはそれを素敵で優しい言葉
にして送ってくださいましたね。私は、それからあなたの変わらぬ誠実さと好意以上のものを感じました。

 杉谷家の方が思いやりのあるひとたちであることは信じていましたけれども、そのとおりであった
ことを知って、安心しました。詩織さんは、あなたと最も親しい生涯の友人になれたようですね。姉
妹であるのに友人だなんておかしいように感じるかもしれませんけれど、生涯の縁を幸運にも授けら
れたことをあなたはいつも心においておくべきだと私は思いますし、それが由梨絵さんの生きていく
うえでの助けとなるでしょう。

 一番、気がかりだった学校生活も始まりがいいようで、心がほっと一息ついています。
 ところで、あなたは、施設にいた頃、音楽室でピアノをよく弾いていましたね。杉谷家にもピアノ、
それもスタインウェイがあると聞いていますが、素晴らしい音があふれ出ることでしょう。由梨絵さ
んには才能がありますもの。ですから、あなたには音楽に進む道もあります。でも、将来については
ゆっくりと考えて下さい。

 こちらでは、平和な毎日が続いています。
 そうそう、この間、優香理さんと佑之輔さんがこちらに来られました。先日は雪が降って、空は白
かったのですけれども、午後にはそれが碧に変わると施設の建物の影が濃くなって、その先の森へ続
く道も陽の光に輝き、そして森もくっきりと見えた後に夕暮れが空を紅に染めはじめたころ、ふたり
の乗った車が着きました。

 次の日、優香理さんと澄子さんが、メンデルスゾーンの「ヴェニスのゴンドラの歌」の素晴らしい
連弾を聴かせてくれました。誰もが天分を感じざるを得ないものでしたけれども、由梨絵さんも澄子
さんとよく連弾をしてましたね。私はふたりの音の重なりを今、心の中で聴いています。でも、やは
り、ここでその素敵な演奏風景を再び観たいとの思いが高まるばかりです。

 佑之輔さんは、六月の初めに大学に帰りました。でも、優香理さんは施設にあとしばらく残るよう
です。もともと、物静かな方でしたけれども、以前とくらべて考えこむことが多くなったような気が
します。何か、決めかねていることがあるのかもしれません。

 初香さん、紫衣さん、琴葉さんからもお手紙が届きました。みな幸せに暮らしているようです。
由梨絵さん、暫くして落ち着いたら、慈子様と詩織さんとあなたの三人でここを訪ねて下さいね。

 では、あなたのこれからの幸福を祈って筆を置かせていただきます。

                                          幸恵


散文(批評随筆小説等) 幸恵さんからの手紙 Copyright コタロー 2019-08-26 00:19:44
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