幸恵さんへの手紙
コタロー

 親愛なる幸恵さんへ、杉谷家から

 あたしが施設を出た、そう、幸恵さんと、初香さん、葵衣さん、琴葉さんとお別れした日、不安と
寂しさでいっぱいでしたけれども、それは大違いで、とても気持ちのいい人たちと大きな古くて素敵
な家が待っていました。海に近くて、その小弯から続く芝生の波の先にある小高い丘の上にその家は
建っています。庭には鯉の泳ぐ小さな池とその周りには水仙が、その隣にある花壇には石楠花などの
花が咲いています。白樺やぶなの木が家と庭を囲んでいて、そのなかでもとても背の高い白樺の木を
あたしはすっかり好きになってしまいました。

 では、とても大切な杉谷家の人たちのことを書きますね。あたしの養親になった慈子様はとても綺
麗な方、うちの庭がとてもお好きなようで、空が青い間はよく外にでています。それが適度にお体に
いいようで、だから快活な美しさが保たれているのだろうと思います。実は家の壁は葡萄の蔓で覆わ
れています。ですから家が土から緑を通して繋がっているように見えます。そしてその葡萄の美味し
かったことといったら。

 慈子様の娘である詩織さんはお母様にとてもよく似ていて、あたしと同い年の十五歳です。ご夫婦
の肖像画が二階の廊下の壁に掛けられているのですけれど、近い将来、詩織さんの肖像画も隣になら
ぶのではないかと予想しています。あたしの肖像画も描かれたら嬉しいのですけれど、詩織さんとあ
たしの部屋の造りはそっくりで、窓は海に向いていて、だから窓を開けると海が初夏の香りを運んで
きます。今は、秋から冬にかかる季節ですけれども、いつも春から夏に変わる頃の匂いがするのです。

 数日前には、詩織さんにお茶に招かれました。いろいろと楽しくお話をしたのですけれども、そこ
でわかったことは、彼女が明朗で、あたしを真綿で包んでくれるような優しい娘さんだということで
す。しかも、彼女はとてもあたしが気に入ったようすで、「あなたが好きよ」と言って手を握った後、
頬擦りをしてくれました。

 弟夫妻も遊びに来られました。
弟さんもその奥様である奈津美さんもあたしに優しく接してくれました。

 そうそう、あたしは碧綺門女子高等学校に入学することになりました。あたしは詩織さんと同じ英
語特進クラスに入りました。あたしは彼女に教えを請いながらそばにいてもらうほうがいいという慈
子様のお考えらしいです。また、慈子様は学校の理事ですし、あたしの知識と素質を確かめたうえで
進学先をお決めになられました。初めて席についた時は、気品のある制服を着たきれいなたくさんの
生徒たちのなかでとても緊張しました。みな淑やかで鈴のような澄んだ声で話すお嬢様ばかりです。
授業中、先生にみんなのまえで教科書のある随筆の一節を朗読するように仰られて涙がこぼれそうに
なりました。でも、気を取り直してきちんと読めました。なんとか学校にはこれからも通えそうです。

 初香さん、葵衣さん、琴葉さんは元気にしていますか。あたしは、彼女たちにも手紙を書きますね。
幸恵さんからのお返事を楽しみに待っています。

                                          由梨絵


散文(批評随筆小説等) 幸恵さんへの手紙 Copyright コタロー 2019-08-24 16:43:32
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