美しいものが
こたきひろし

おにヤンマを捕まえて
その片方の足に糸をくくりつけて
飛ばした

それは
ほんの遊び心だった
子供の頃の

無邪気だったから
その残酷さに
何も気づかなかった

そうこうしている内に
大人になってしまった

毎日は
時計回りに
過ぎて
去っていく

それに逆らって
生きてはいけなかった
どこまでも
臆病で弱虫だったから

ある日
街で
公衆電話ボックスを見つけた
まるで化石みたいに忘れ去られ
取り残されていた

いきなり
激しい雨が降ってくる
雨を
強風が煽ってきた

公衆電話ボックスに
僕は逃げ込んだ

街は
たちまち洪水に飲まれる
僕は公衆電話ボックスから
抜け出せなくなった

公衆電話ボックスは
みるみうちに
水槽になってしまった

洪水に沈んだ街は
美しい絵画のように
なってしまった
それは地獄を写し取っていた

なのに
救いの手は
何処からも延びて来なかった

それは絶対的神の
ほんの無邪気な遊び心
かもしれなかったから

その時初めて
僕の中の時計は
逆さ方向に
回り出していた

溺れていく僕は
視力だけは
失わなかった

街は僕の妄想の中で
美しく
もがいていた






自由詩 美しいものが Copyright こたきひろし 2019-08-21 23:42:32
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