翠のはら
田中修子
チテ・トテ・チテ・トテ
ちいさな、
黒い足跡が。
チテ・トテ・トトトテ・トテチテトトト……
ほら、翠のはらが
どこまでもどこまでもひろがって
風に揺れている
草は目を射るように揺れている
その、ほそういさきにきらめく光さざなみ
雲のように白い子馬が駆け抜けてゆくよ……トクトクトク、心音のような足音
かろやかにあそんで、わらっている その足に踏みつけられる
野の草はいっそう ぎゅうっと絞られたレモンの、香がするの。
翠のはらは
あなたのうちがわに かならずあるのですよ。
いたみに、わすれていましたか-わすれるふりをしていたのですね
一緒に手をつなぎ闇に落ちていって いきましょう(おいで、おいで)
そしてあの
あつい草いきれを吸い込んで
つながれたまま
どこまでも どこまでも 抜けてゆく広い青い空を、ひたすらに、
よしよし-そっと、脳をしたさきでなぞってあげる
とん、とん、とん、とん。
青年が、泣いている
ころされた白い馬の骨の楽器をかき鳴らしている。
だれにもころされた白い馬がかつてあったのでした。
(祖母と母が口争いをしていて
ゆうごはんは罪悪の味がして
あのころ母を殺す夢ばかりみていたんだ それでぼくは
いつか殺人鬼になるんじゃないかと怯えていた)
そのいたみに、甘い、広い、
翠のはらのことをわすれようとしているのなら
幾らでも、のみこんであげる。
青闇が、おりてくるのは、まいにち瞼をとじるから?
すこしずつすこしずつ
夜のとばり、夜のとばり、夜のとばりに
明日を死にかけた女が、だきしめられてなきさけんでねむっている。
男は台所で菜を切っている。
自由詩
翠のはら
Copyright
田中修子
2019-08-20 06:42:37縦