坂だらけの街
ただのみきや

独居美人


託児所の裏の古びたアパート
窓下から張られた紐をつたい
朝顔が咲いている
滲むような色味して

洗面器には冷たい細波
二十五メートル泳ぐと
郵便物の音がした
気がしたが

「今日も人っこ一人いない
逃げ遅れたのはわたしだけ 」 

(ぜんぶ気のせいよ )
      ――お人形が笑った




付箋


何冊もの本や資料に貼られた付箋
色とりどりに飾られて頁はお祭り騒ぎ

なにがそんなに大切だったのか
なぜ大切だと感じたのか 

付箋を外せば その他大勢
どれも群衆に紛れて見分けがつかない




大脳皮質の蟻


岩場の苔を歩きまわる蟻一匹
ジャムの空き瓶に捕らえ

曇り空の蒸し暑い日
円周率を拾いながら

わたしは坂を上り切って立ち眩み
どこまでも壜は転がって加速した

すきとおった密閉
めくるめく天地の回転移動

蟻は来世を想う 間延びした
時間は反物たんものみたいに絵柄を展開させ




猫と少年


坂の多い港町のひび割れた路上の真中寄り
今朝の空と似たうすい灰色の猫がまどろんでいる
腹ばいになって前足を人みたいに傾いだ頭の下
時折 車が通ると慌てるでもなく ふと顔を
上げて 確認し また目を瞑る 
時の流れが逆なでにならない姿勢と仕草
しなやかさを保ちながら

向かいの建物の陰から 素早い身のこなしだが
まだ 線の細い そっくりな二匹が
寝ている猫に ちょっかいを出したか 甘えたか
三匹の猫は路上の気流を少し掻き乱す
すずめたちのお喋りは離れた場所で続いている
それでも不快な所まで車や人が近づけば
止まっている近所の車の下に三匹とも潜り込む

珍しくもない風景に見入っている だが
懐かしさを感じるのは既に珍しい風景だから
ペットか野良かの区別もなくただ見つければ
舌打ち鳴らして呼び寄せ撫でようとした
子供の頃を遠く 眺めていたが
――船の汽笛の響き
すっかり見失ってしまった 少年と猫





                 《坂だらけの街:2019年8月18日》











     


自由詩 坂だらけの街 Copyright ただのみきや 2019-08-18 16:59:52縦
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