告白はまだ終わらない
田中恭平

 
わたしは今まで
自分の為に
詩を
書いてきた
赦されはしないが
癒される為に
ジャック・ケルアックだって
路上を書く前に
父を亡くしていたと
映画で暴露
されていた
発露
己は汚らしいが
文字はうつくしい
ということに
わたしは気づいた
そして躊躇した
どれだけ日々
労働し
マインドフルネス
瞑想を行い
こころを
きれいにしようと
つとめても
人は
文字のように
言葉のように
うつくしくなれない
こころが
先天的に
うつくしい
という方はいる
わたしのパートナーがそうだ
彼女はまるで花
活き活きと雨に濡れ香る花
それに比べて
わたしは造花に過ぎない
だから書くことがやめられないんだろう
告白

やめられないんだろう
偽装だ
言葉を費やすことは
いま
非常につかれていて
禁煙も解禁したり
禁煙したりを
くりかえし
言葉も
書いては消し
書いては消し

くりかえし
ミザリー
どんな朝が
好きなのか
も忘れてしまって
好きな朝が
きたところで
もっと
好きな朝が
あることを
経験したことが
ないのかも知れないし
煙草をはじめたのだって
ほんとうはマリファナがしたかったが
日本では合法ではなかったから

過ぎない
なぜって
ボブ・ディランや
ビートルズのメンバーも
マリファナをやっていたからね
中学2年で
わたしはロック青年だった
わたしの書くこと
いうことは
誰にも理解されなかったし
いつも孤独だった
ザ・ブルーハーツは
知らなかった
リンダ・リンダは
知っていたが
パンクスが僕という主語を使う
それだけでやっぱり違うな
本物っていうものがあるんだと
どこか思っていた
そうだ
天才は世に出たからず
というが
本物があるんだ
その本物の発露
その一抹も
つかめないままに
32歳になってしまった
脳は
薬と珈琲でコントロールするように
なってしまって
あゝ
あと瞑想か
労働もそうか
ともかくも
こんなことをしていて
いいのだろうかと
金だけは貯めて
パートナーと
週一のデートを楽しんでいる
ここまで
わたしはごく簡単に
告白程度にとどめて
比喩もそうそう使わずに
ここまで書いてきたけれど
比喩は
どこかわからない世界に
ひとを置いてきぼりにする
そんなさびしい行為を
さいきんは
恥じるようになっている

とにかくわたしは
作品の上では饒舌で
生活の上では一切喋らない
見たもの
聞いたもの
ふれたもの
それらを作品の上では吐き出せるが
ドライ・アイスを素手で運ぶとき
炎症を起こす!
なんて
騒いで運んだりはしないで
ただ走る
汗をかいて
恥をかいて
月10万円くらい
ここに障がい者年金が加算されて
月16万
御金を受けとると
ひとの脳内ではドーパミンが発生すると
仮説されているが
ならば貧乏人が煙草をよく喫うのは
報酬の額によってドーパミンの
発生に差があると考えられる
貧乏人は足らないドーパミンを
補わなければならない
煙草で
酒で
いったいこのひとは
何をしているんだろう?
そんな人が
この町にも数人いる
彼らの生活ルーティンは強固で
会おうとすれば明日にでも会える
そして半分は
わたしはそういう人種なんである
毎週火曜日
この町の図書館に行けば
必ずわたしに会える
水曜日は郵便局
木曜日は本屋
金曜日はスーパーマーケット
わたしはそこにいる
土日はわからない
わたしと
まったく違う人種である
パートナーと
電車に乗って
どこかに行っているからである
といって車内
わたしはリチャード・ブローティガンの
短篇を何度も読みかえしている
この本なしでは電車に乗らない
わたしは移動しつつ
本の上にいて
動かないのだ

話がつまらなくなったところで
わたしは昔のことを語ろうと思う
東京での生活だ
わたしは東京からの逃亡者だ
切符の買い間違いで
改札のバーをキックして
それから乗り越えたことがある

なぜ昔のことを書くのか?

それは東京が広大だからだ
敷地ではない
記憶だ
清算しても
清算しても
悪夢のようにふりそそぐ東京の記憶
東京から帰って
わたしは精神科に送られた
東京が狂人を生産しているのではない
いや、そういう側面もある
でもそれとは違って
わたしの脳の病気は先天的脆弱性
つまりフラジャリティ・マン

あることに起因する(らしい)
東京の公園でよく野宿した
芝生の上で寝るのだ
ハイ・クラス・タウンの灯りが
とおくで煌めいていた
三時、四時になると
ジョガーや、太極拳をするグループが
公園にやってきて目覚めるのだ
寒さと陰気をごまかす為に
わたしはあらかじめコンビニエンスストアで
トリス・ウィスキーの小瓶を買っていた
トリス・ウィスキーが体をあたため
落ち着かせるにいちばん手っ取り早く
安かった
こつじきと間違えられて
御金を受けとったこともある
千円貰えた
なぜ野宿していたかというと
アパートの鍵をいつもどこかで
紛失してしまうからだった
当時のパートナーは朝にならなければ
帰らない
鍵は失くす
いまは失くさない
脳が呆けていたのかも知れない
当時はよく職場で感電した
労災は隠蔽され
やぶ医者の病院で吐いた
東京は
とにかく五月蝿かった
近くに駅のレールが走っていた
狭い部屋に不釣り合いな巨大な冷蔵庫があった
それが児相上がりのパートナーの願いだったのだ
巨大な冷蔵庫を夢にみていた女
入れるものなんて何もないのに
喧騒から逃れる為に
わたしは近くの図書館で
エリック・サティのCDを
借りてきて
ヘッドホンでひとり聞いていた
いまだに女はその部屋に住み続けているのか
もう何も知らない
わたしの携帯電話から勝手に連絡先を消した女
実家に帰ってきてから気づいて
わたしは久々泣いた、とおもう

これくらいにしよう

冷夏にあって
改革の冬にあたる

占いで読んだ
わたしは何もルーティンを変えられない
朝は三時に起床して
食パンを二枚食べ
すべての器官を刺激する
コーヒーを飲み
薬を服し
四時半から仕事する
帰宅したらば
瞑想をして
寝室掃除をして
詩を一編成す
昼めしを食べたら
眠ってしまうんだ
怒ることはなくなった
わたしはまるで去勢された猫みたい
あゝ
また比喩を使ってしまった
比喩中毒は未だ治療の余地あり!
それにしたって神様は
遥か高みにおられ
人間のことなんて
ほんとうに眼中にあるのかな?
まあヤハウェ的な神のことだけど
浄土真宗だからどうでもいいことだけど
さいきん
よく考える
さじ加減がないな

世のなか
容赦ないじゃないか
世はアンフェタミンの方へ流れているのかも知れない
それからとりのこされるのは
本当は
きぶんがいいね
小説の中に生きている男になったみたいにね



自由詩 告白はまだ終わらない Copyright 田中恭平 2019-07-30 09:32:42
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