水源地
ただのみきや

山の斜面の墓地を巡り抜けて
今朝 風は女を装う
澄んだ襦袢が電線に棚引いて
蝶たちは編むように縫うように

ぎこちなく鉈を振るう
季節の塑像が息を吹き返す前に
キジバトの影が落ちた
泣き腫らして膿んだ一個の眼球

砕けたオカリナは土に還り
地は雨の慈愛に潤む
蛇には合掌する手はなく
微かな温もりを探して傷んでいた
沈黙と傾聴の細波に
緩やかに身を滑らせて


しとしとと ただ しとしとと
水は群れ円みを帯びる


坂道に立ち止まる
向きを変えれば登りは降り下りは上り
生の歩みと交差して
時の流れを断ち切って
夢現のあわいを行き来する
重力は虫ピンのように脳天を貫いていたし
永遠の視座からの眼差しに絶えず焼かれていたが
落っこちるように登り
羽ばたいては転げ落ち
答を決しても心は揺れるいつまでも
白木の箱の不眠
天秤皿の上の暮らし
――あっちの皿には何がある
女と蛇がむつみ合う叢の中の一軒家
オニユリを添えて


ああ大きなマイマイが踵の下で砕けた
硬くも脆い感触は
そのままわたしの頑なさと脆弱さ
濡れ落葉の上に広がる内臓よ
吐露したものはすぐに異物と化して

カンバスの奥に埋もれている
原初の形が恋を真似
記憶より深い所から
景色の口を開かせる
寡黙な合わせ鏡
光はゆっくりとただゆっくりと
逸脱を求めて泣きじゃくる


ぬるい雨は乾き
朴訥な筆はかすれ
夏は口移しで宿る

眠りの中で翼を切り落とした鳥は
暁に追われて目を覚ます
重体患者の意識が戻るように
時の流れに馴染む頃
鍵も鍵穴もない場所に腹をすかした青空があった 
術もなく囀る人々の孤独の狼煙にも何食わぬ顔の

解き明かす者は自らをさらけ出す
意味は影 追っても踏んでもするりと逃げて
振り向く顔はいつも光に溶けている

細道を抜けて行こう
懐かしい匂いに惹かれ
澄んだ死体が待つ水辺

沈まない夕日にオオミズアオが揺らめき渡り
胡桃の梢の辺り
不意にキアゲハが追い立てる
嫉妬すら乱反射
大気の宝石から羽化した娘たち
わたしの嘘と戯れ競え


昼の光は視覚で操る
見ているものをも見る己をも疑わず
互いを言葉で縛り合う堂々巡りの果て
闇は訪れる 堰を切ったように
肉体の木霊
皮膚の細波が
眠りへと誘うまで
尚もわたしは刃物を握る
もう己と空白しかないにも関わらず
辿り着けない
水源地まで




                 《水源地:2019年7月28日》










自由詩 水源地 Copyright ただのみきや 2019-07-28 14:02:54縦
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