ことばだけが夏に欠ける
かんな

静けさが鼓膜に当たる
しとん。と打ちつけるひとりの音
風に耳をつけるたびに聴く
傍らに佇むような誰かの鼓動

暗やみを角膜が吸い込む
ひたん。と拡がるひとりの気配
窓辺に佇むと街灯が眩しい
隣の誰かの影を追いかける瞳

残り香が鼻腔を通り抜ける
しゅるん。と消えるひとりの面影
換気扇に向かって思い出が揮発する
誰かと誰かが擦れ合う瞬間

塩っぱさを舌先で舐め転がす
ぴしょん。と溶けるひとりの時間
製氷機が自動で冷えた生活を作る
固まらない誰かの気持ちが揺らぐ夏

雨が通り過ぎて
ひしゃげていく道の途中

温もりが右腕に摩擦を起こす
じとり。と壊れていくひとりの私
布団の中綿を水分が湿らせていく
触れたいあなたにただ触れたいわたし

伝えられないことばだけが夏に欠けていく


自由詩 ことばだけが夏に欠ける Copyright かんな 2019-07-24 16:58:06縦
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