塩田千春展にて
紀ノ川つかさ

 不確かな旅

羊水に揺られる小舟が
血管の糸できた繭を乗せていたことを
生きる中で傷を受けるたび
思い出す
その糸は長く延びていて
誰かとつながっていたはずだった
それは血を分けた誰かではなく
空に浮かぶ手に
ともにすくい上げられたい
誰か


 バスルーム

バスタブに地面を呼び込み
土にまみれてみたけれど
土には戻れず
皮膚はそれを追い出しにかかり
うめき声だけが壁に反響して
土に飲まれていく


 外在化された身体

手が落ちた
足が落ちた
血管だけが空に
昇っていこうとしたから
血管はもう
人の姿をしているのに
飽きてしまったのだ


 存在の状態

体内があまりに
かき回されているものだから
血管達は這い出てきて
整ったひし形の構造物を作り
私に見せつけてきた
私の目が丸すぎたのだ


 静けさの中で

あのピアノは生きていた
人が鍵盤を叩いて
鳴っていると思っていたものは
それはピアノの歌だった
そしてピアノは
焼けて死んでしまった
その時
焦げた血管をいっぱい吐いて
音楽室を黒い糸で埋め尽くした
私は思わず指さして笑った
私と同じだったから


 時空の反射

死んでも守るんだ
白いドレスを着た
あの日のことを
そしてその光景の中に
幻となって佇むんだ
それが最後の望み


 内と外

おいでよ私の家へ
窓がたくさんあるから
どこからでも入っていいよ
入ったらそこはもう
私の体の中だ
鼓動以外
あげるものがない


 集積-目的地を求めて

天に旅立つ日
生きていた証を残したく
残った血管に
旅行カバンをぶら下げていく
カバンの中には
天国で見せびらかす
思い出がたくさんだ
それはもう小躍りしている
これから行くのが
本当の目的地

(2019/07/19 六本木 森美術館)


自由詩 塩田千春展にて Copyright 紀ノ川つかさ 2019-07-20 11:58:59
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