田中修子

老人そして小さな子を見落とし続けたあなたの眼窩のそこにある脳髄/は/空っぽで楽し気に戦を殺し続けている/空虚の根底に辿り着くまでどこまで遡ればいい/殺戮の宴はどこにあるか/あらゆる語り部を聞き落したその耳を私のこの丈夫な歯で切り落とすまでお待ち/羽

隆々と盛り上がるしなやかな筋肉の若者のままであればよかった 若いころの肩甲骨は美しかった 天上にすら白い家を持てたであろうに 切り落とされた耳そして羽の音は 鳴る 銀の蛆が私の体にたかる からだ

(数瞬の闇 きらびやかに輝き照り付ける白の星 今日の空は何色だ 紺か黒か赤色香 そのあからさまな光明のうちに 子を産んだ裸体を照らせ 原始の太陽はいま恒星となって刺繍されている どうだこの乳房この二の腕この腰回り 強い男に抱かれて妙なる美しい子を身に宿し逞しくなった閨 黒髪に大島椿油を数的塗りこんでつげの櫛で梳けば ポトッポトトトトトッ 滴るその虫 メタモルフォゼ 黒く光り強い目を放ち少年たちの王となって島で殺戮を繰り返せ 蠅の)

部屋に湧き廻る 虫の嵐とて

あなたには水のはる国がない 小さな生とそして死を見落とし続けて 朗らかなあなたには 語るべき平和も戦争も持たない あなたの持つのはただのビラでありただのプラカードでしかない あなたのなかにはなにもない

<思想その空虚><神を殺せ><王の器><ナイフとフォークでビフテキを食べる若いお前を><書記長><寄る辺のない寂しさ><女王たる聖女を地に引きずりおろし><全ての堕落そして裁きの日は孤児の娘によってひらかれる>

(娘の所有するのは)

金に 夕映え
 翡翠に 海の音の底の白い鮫と
  赤真珠…… 波間にほどけ、て
   消え、て(さくじょ)(さくじょさくじょさくじょ) シテ きょうじょ?
  消えて 所有するものなど
 ッテテテテテテテ 何もないことを
る、るるるるるる 銀衣……吊り上がりのッ面

(何も持たない)
「私はおそらくは最期のときなにももたずに逝く」
(レモンの香がするね--ね、トパアズ色の香気はしなくともせめて明るい色で刺青すればそれくらいは萎びた皮膚のうえに)
「老いさらばえたこの体 もう髪は白く抜け落ちている かつて漲っていた女はすべて抜け落ち
※吾れ死なば 焼くな 埋むな 野にさらせ やせたる犬の 腹こやせ

いや私は小野小町のようには美しくもない から ただ 雑木林の落ち葉の上によこたわる 手を組もうね、ね-- 右手と左手を愛しくつなごうね」
「組み入った枝から分け入った光がきらめいて差し込んでいる」
※故郷は遠きにありて思うもの そして……
(かつての詩人の漂泊の詩歌)
目をつむる暗闇の そう この数瞬 力を抜いて流れ落ちていく 波だ
その時初めて体に舞い降りる
あたたかな天衣、


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※小野小町の辞世の句とされるもの
※室生犀星の詩「小景異情」より


自由詩Copyright 田中修子 2019-07-17 17:17:40縦
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