或る友へ
石村


どうでもいいぢやないか

それは君のくちぐせであり
ぐうぜんにも 君からきいた
さいごのことばでもあつた

ひと月まへ 一緒に飲んで
別れ際にきいた いつものせりふだ
その前に何をはなしてゐたか
うかつにも おぼえちやゐないのだが

どうでもいいぢやないか

さうだな 俺もさうおもふ
君が死んだと知らされて
ひと晩たつて
今にして しみじみおもふよ

星がきれいだ さうか 七夕様だものな
織姫と彦星はぶじ逢瀬を遂げたか
来週末も低気圧は日本列島に停滞するか
俺のうすい財布にいくら残つてゐるか
米中貿易戦争の落としどころはどの辺りか
そんなこんな
どうでもいいぢやないか なあ

君 葬式には行かなかつたよ
お互ひ いずれどちらがくたばらうと
お悔やみなんぞはいはずにおかうやと
いつだつたか 話したな
生きるのが面倒になつたから
さつさと切り上げただけのことだ
何も悔やむことなどありはしない
めでたいはなしとはいへないが
よよと泣き崩れるほどの
かなしいはなしでもないよ

どうでもいいぢやないか

川つぺりからいい夜風が吹いてくる
遠くでパトカーのサイレンがきこえ
だんだんと小さくなつていき
あとはまつたくしづかなものだ

ふかい夜空を見上げると
死んだ人たちの笑ひごゑが
天にみちてゐるのがわかるよ 君
君もそこにゐるんだな

心まづしきひとの世に
ほんたうのことなどありはしないし
いつはりのこともありはしない
ひと夜の芝居が 幕を下ろすだけだ
君の冥福など祈りはしないよ
そんなのは地上の人間の不遜だ

とりあへず
俺はもう少し生きるやうだ
愚かな選択かもしれないが
賢い選択など どのみちこの世に
ありはしないだから

まあ 君のいふ通りさ

どうでもいいぢやないか



(二〇一九年七月七日)





自由詩 或る友へ Copyright 石村 2019-07-08 16:45:53
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