本能と理性の境界のあいまいな場所から
ホロウ・シカエルボク


いささか崩れた螺旋の軌道を半睡の水晶体の転がりで追いかけながら、その夜に貪り倒す空虚の後味は渇望の挙句の死体みたいで、仰向けの俺は小さなライトの光を世界の真理のように見つめている、ヘヴィ・メタルは激しさを増すほどに抒情的な旋律を鮮やかにする、部屋の壁で跳弾するそれぞれのセクション、センテンス…もの思いを垂れ流す頭の調律の仕方を知らない、気がふれる前に覚えたタイピングの数々をひとつずつ探りながら、夜明けが来る数時間前に指先は剥き出しの俺をもぞもぞと形作るだろう、感触が必要とされる、解釈よりもよっぽど必要なことさ、なまじ文字が読めるやつは意味でがんじがらめになるが、読めないやつは分かるところだけ抜き取るぐらいしか能がない、突堤の先で撒き餌をぶちまけるみたいに言葉をばら撒いて誰がなにに食らいつくのかただただ眺めている、そう言う時の冷笑が誰よりも得意なのは特別自慢出来るようなことでもない、だけどスタンスってのは自分には想像もつかないようなところで完璧に語られてるなんてことは別に珍しいことじゃない、俺自身がわざわざ出向いて行ってあれこれと説明するよりずっと効果的な場合だってある、もちろんそれは時には足枷のように俺自身に制限をかけることもあるけれど―気にする必要はないよ、不具合なんて誰にでも生じるものだ、大切なのはそれがどんなふうにそいつ自身のログに記されているかってことだ、嘘つきが多いからね…人生において間違いなど犯したことなど一度もないっていうような顔してる連中が砂利みたいにそこら中で小さな音を立てている、そうだね、気が向いたら相手してやらなくもないけれど…生きる理由だの人生の意味など、社会的あるいは人間的価値観など俺はもうついぞ気にしたこともないけれど―そういうのはひとりで立てないやつらの松葉杖みたいなもんだからね―気にすることがあるとすればこれから何を書くのかっていうこととこれから何を覚えるかっていうことぐらいさ、結局のところ、そいつの意味はそいつ自身が示していくしかない、そこにはそいつが持っているすべてのものが含まれる、思考はもちろん、筋肉や骨格なんてものも全部さ、知ってるか、詩なんて考えなくても書くことは出来るんだぜ…肉体はビートを感じるか、そのことはすごく大事だ、出来る限りのものは削ぎ落して、感知出来るものを少しでも増やすことだ、すべては自分自身というひとつの生きものだ、心と身体を分けて考えるのは言い訳ってもんだぜ…俺はカーテンを開く、内側に昨日がべっとりと張り付いているせいで真夜中よりも暗い、俺はそれが暗喩しているもののことを知っている、そうしたもののために俺の意識は反芻と変換を繰り返す、楽曲化された不協和音を譜面に起こすみたいに―こんなこといつかもあった、こんなふうにいくつも書いた、そんなことを考えながら―おそらくそこにはなにかしらの理由はあるだろう、だけど俺はそれをそうと知ることはない、そんなことを突き詰めることからはもう十年も前から遠く離れてしまった、理由など知らぬままあればいい、それを知ったところで、あるいは確かに言葉に出来たところで人生にどんな違いが現れるわけでもない、俺は知らないでいる、近付こうとしながら、知らないでいる、遮二無二連ねながら…それは朧げに脳髄の奥底で静かに蠢いている、それはきっと細胞の核のようなものなのだ、目には見えないところにいて、なにかしらの作用を及ぼしている、そういうものが確かにそこにあるのだと知ってさえいれば、それ以上なにを知る必要もない、そうだね、少しでも知っていれば、短い日記に書くネタぐらいにはなるかもしれないけれど…簡単に作ることの出来るものには興味が無い、簡単に語るだけのものには興味はないんだ、そこには確かに誤解など生まれ得ないかもしれないが、といってそれ以上の理解が存在するわけでもない、どんな障害が生じるとしても俺はわけの分からない確かなものについて話続けたい、思考は一本の歪な糸となって脳味噌から這い出てくる、そいつが内壁をこすりながら出て行く音はちょっと他では考えられないような官能的な代物だ、崩れた螺旋はさらに崩れたり膨らんだり収縮したりを繰り返しながら、俺の身体を擦り抜けてどこか新しいところへ出向いて行こうとしている、ああいうものはいつだって無限にうろついている、もしも死の床であいつを見かけたら、俺はきっと死神が来たって勘違いするだろうな―囁くものたち、貫こうという意思を持って―俺の第三の目を真っ直ぐに狙うといいさ。



自由詩 本能と理性の境界のあいまいな場所から Copyright ホロウ・シカエルボク 2019-07-07 23:47:59
notebook Home 戻る