クチナシと蜘蛛
田中修子

すこし朽ちかけたクチナシの白い花 濃い緑の葉のなかに
銀色の籠を
蜘蛛が編んでいて
そのつましいようにみえて
ほそうい ほそうい レース糸でできた瀟洒な籠のなかに
澄んだ雨粒が ころんコロンころんコロンと
何粒かしまい込まれていたわ。

やがてポロロンと溢れるクチナシ香水
みちゆくひとのあしもとを
ほんのりと白く飾っていく 幽香
あまりにもあふれて 人は口がないように はなをひくひくさせてしまう
そうして声がひととき 止んで
傘にたたきつけられる雨の音だけが あたりにパタタタタッて
鳴りはためく
そのためにこの色白の女の胸元みたいな花は
クチナシと名付けられたんだわきっと。

正確無比の編み手
蜘蛛さん、どうかあなた わたしの髪の毛に その
銀色の籠をかけて そしてまた編んで編んで、編んで
立体籠模様のレース飾りにしてはくれませんこと?
ニシン業へ冬の荒波へと出かける男たちのために女が編むという
セーターの模様 「海の男の鉄(シーメンズ・アイアン)」のように
銀の籠模様をつないで
わたしがそこに入れるのは
果てしなのない空想!

スーパーと保育園とおうちの行きかえりだけの
狭い世界でも ふと 耳を澄まし目をとめたとき
毎日違う音の雨が降り
紫陽花が咲き
小さな庭にはもみじがいつの間にか生えてきたの! 若葉色の葉と朱の茎
土にもみ殻を植え込み混ぜて手入れさえすれば
毎年顔をのぞかせてくれるようになった
ペパーミントとレモングラスを手に取って
やかんにいれてわかして飲むと ハーブ・ティの出来上がり
いえこれはたんじゅんなお茶ではありません
きらめく蜘蛛の巣を髪飾りにした魔女が淹れた稀代の味がいたします。

息苦しく眠りづらい夜がずうっと続くわ よくない夢をみるの だから
ちょっとついでだし
ユングがいう原型を探しに行くわ 詩という白魔術をおこないますのに
おのれとのたたかい 御守りは
知恵の象徴、蜘蛛さんは簪 そして たくさんの空想を入れた銀の籠の髪飾り
暗闇の深層を数瞬 照らし出す
老賢者はどこにいる? アニマ、アニムス
グレートマザーは海となりわたしをのみこみ そして吐き出されて。

眠れない女が立ち枯れた木をみつめている
けれど その 木に 赤ちゃんの寝息が すはすは かかると
みて! ほら、簪と髪飾りがその木を
しゃらしゃら 笹にして あっという間に 五色に金銀砂子
薄暗かった深層は青闇になり 鈍色の雲がかかって そのむこうに
お星さまキラキラして
ああ、簪蜘蛛さんあなた
棚機たなばたの乙女が悪い魔法にかけられていたの 織姫だったのね
御覧! 彦星があなたを迎えにやってきたわ
手を伸ばし懐かしく見つめあう ふたりに うやうやしく
あのあまい香りを振りかけて差し上げたわ。

そこかしこに
クチナシ香雨真珠の
ふるふるまわりに かつて 雪の地の神がふらせたという
この列島唯一の 叙事詩に記された
銀のしずくたちのように。



セーターの模様の着想 鳩山郁子「ダゲレオタイピスト」より
童謡「たなばたさま」歌詞


自由詩 クチナシと蜘蛛 Copyright 田中修子 2019-07-06 17:53:39縦
notebook Home 戻る  過去 未来