だいどころ
田中修子

ほら、あの窓から記憶を
覗いてごらんなさい。
風が吹いてカーテンが
まだ、朝早すぎてだれにもふれられていない ひかり を孕んで揺れている。

そこにはかつてあなたの( )があった、と、重たくふくらんだ ひだ が、ささやきかけてくる。もうすぐうみつきね。まちをゆくと沢山の母たちに、笑みをもらう、やがてこのひとたちの仲間になってしまうんだわ、おなかのなかにいるのは。
(追憶する夜の森。月と星がさいごのおおかみを照らす。ひたばしれ)

あの ちいさな、みち溢れた空間をおぼえていますか?

覚えてます。くっきりと覚えてます。うつくしく、やけついたようなんです。やけついて離れないんです、あの日々が、あんまりととのっているから、そこに少女のまま、ありつづけるんです。
ほら、前髪はハツリときりました。まゆげをかくすんです。それで少しゆるく、ふわふわにした髪の毛、椿油を塗りこんで、つばきが彫りこまれているつげの櫛で梳くわ。
いくたびも、いくたびも、赤く火花が散って、この黒い髪の毛に反射して燃え上がるまで。燃えあがるわたしの髪の毛、ここは牛車のうち側か。
(あなたは子どもね--ほんとうに、子どもね。子どもをうんでみればわかるわよ。)
(せんせいわたしは、ときをとめたんです。まるで、こどもをだいどころに閉じ込めてしまいそうでこわいんです。)
幾百も 幾百も 耳をふさいだ掌にきこえる音を、
問い返しつづけてきたあるひ。

あれらはただ
ひかりのしたたりで、できていた
ということに
ふと気づいた

シンクにむかう、銀色の祖母の髪の毛と、灰色のエプロン。皺がれた手は、すっと包丁を持っていて、ト、トトトト……と軽い音を立てて、きゅうりを薄く、薄く切って、その薄い、みどりいろの輪は包丁にまとわりつかずに、はらはらとまな板に綺麗に斜めに落ちていく。花びらのように。わかめときゅうりの酢のものですよ、わかめを食べると黒い髪になるでしょう。みどりいろの、すこしなまぐさい花を食むんです。お嫁にいきます、おばあちゃん私、お嫁にいきます、あなたの音の記憶をもって

骨。うちよせる澄んだ波が骨を洗うような貝の白は骨の色。

あんまり 憧れすぎて ほら、
胸のまんなかが
きん色に 満ちて 満ちて 焦がれて

--そこに、あなたがいたから。

ずうっと、あなたが、翠色に澄んだ汀に散らばって引いては寄せる、紫陽花のいちばん青い萼のように、死んでいて、くれたから。赤く燃え上がる後ろ髪ひかれながら、眩しい積乱雲を切断しながら、想い出をかかえていたのは、ひたすらに唇でなぞってはなぞって、そこに言の歯が、はらはらと、はらはらと、噛み痕をつけて歩いていくように

--又、あのひかりへと、あるきだすんだ。


自由詩 だいどころ Copyright 田中修子 2019-07-01 16:29:45縦
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