自分で自分を殺したりはしないさ
こたきひろし

女 男 女 女 男
私の父親と母親の間には五人の子供がいた
一番上の姉と一番下の私とは十歳離れていた

長女が二十歳を過ぎた頃私は小学校の五年生だったと思う
実家は農家で 母親は農婦父親は農夫だった
生家は貧乏で それに相応しく貧相な藁屋の家だった

田んぼからは米
畑では葉煙草の生産
冬場は山仕事
夫婦は働く事に必死だったから
長女が家事の大半と弟妹の面倒をみていた

だから末っ子の私にとって
実質的な母親は一番上の姉になっていた
親身に面倒をみてくれた
時には風呂場で私の頭髪を洗ってもくれた
躊躇いもなく体も洗ってくれた
その時は姉も真っ裸だった

きっとそのせいだろう
私は母親には感情がわかなかった
自分でも怖いくらい
冷たくてよそよそしい気持ちしかわいてこなかった

そんな私の気持ちを母親は鋭く感じとっていた
いつの日からか
母親は私の存在を疎むようになっていた

勿論
母親と私はお互いの心の底を推し量りながらも
けしてそれを確かめようなどとはしなかった
そこには根底に肉親の絆があって
切るに切れない血の繋がりがそれを辛うじて拒否していたからだ

しかし
親と子供の間にも相性がありそれを否定する事はできない
たとえ肉親同士でも愛情の密度は公平に保たれてはいないと
私は子供の時分からすでに悟ってしまっていた


私は母親にとって可愛げのない子供であったに違いないだろう
どんな切っ掛けと悪しき原因が重なったとしても
自分から生まれた子供が自分になついてくれなければ
いくら母親といっても
それが長い時間続いてしまったら
愛情も思いやりも失せていくのを止める事は至難だと思わざる得ない

とは言っても
私は私なりにその事に悩み苦しんではいたのだ
長女が二十一歳で嫁ぎ
二番目の姉は就職して家を出た
三番目の姉もまた就職して家を出て行った

家には
最初から反りの合わない兄と
両親だけになって
私は深い孤独感を感じない訳にはいかなくなった

姉三人は私に一様に優しくしてくれた
三人が家からいなくなって家の中はまるで火がきえてしまったようになってしまった
私は
話し相手も心の拠り所もなくなってしまった

私はよく思い出す
姉たちは私がまだ小さい時に
よく私に女の子の服を着せて遊んでくれた

そのせいではないだろうけれど
私は女々しく優柔不断な男に育ってしまった
そして物事を悲観的にみる癖がついてしまった
その延長線上で
高校時代はやたら自殺願望を強く持ってしまった
自分のなかで死をいたずらに美化してしまった

手首を自分で切る姿を想像しては興奮してしまった
なぜかそこには性的な興奮も混じっていた
生と死と生殖と性の密接な繋がりを発見してしまった

だけど死への願望の正体は
単純に自分で自分を美化しているに過ぎなかった
演じているに他ならなかった

私は女々しく優柔不断で臆病な愚か者だった
それはいまだにかわらない

自分で自分を闇雲に愛しているだけで
自分で自分を殺せたりは
しないのさ


自由詩 自分で自分を殺したりはしないさ Copyright こたきひろし 2019-06-09 06:26:55
notebook Home