為平 澪

噂は一人、散歩するのが好きだった
特に 夜
人の歯の隙間からどうしても出てしまう溜息や
口臭を嗅ぐのが好きだった
同じ道を通り同じ流れに沿って歩き
同じ家の窓明かりの下で影になって
一周するだけの噂
なんとなく人間臭い所が好きなのに
さみしい噂

その日 噂は鍵の掛け忘れで
散歩の時間は午前二時半、丑三つ時
噂は聞いてしまったのだ
「──では、こちらが加害者になってしまう、
      君、死んではくれまいか?」

噂は黙っていられない
黙っていれば、誰かが死んでしまうのだ
いや、黙って入れさえすれば
少なくとも自分の保身は守られる

横並びに大きな邸宅の間に挟まれた選挙事務所の窓明かり
電気が消えた翌日に、一人の男が首を吊ったと載せる朝刊

『福祉介護職員自殺』
── 自責の念に追い詰められたと遺書を残す

以前から高齢者虐待があるのでは?という話が出ていたことも、
病院のベッドが足らなくなれば末期癌の老齢患者は、その施設に
入れられたら二度と帰ってこられないことも、噂は知っていた

その介護施設長の声を、あの夜、あの事務所で聞いた噂

噂は 自分が黙っていたことを嘆いた
自分は噂だから、誰にも信じてもらえない
けれど、黙っていたことで人が一人死んでしまった…

噂が悩んでいるうちに
マスコミは、どんどん先を行く
〝本当に虐待はあったのか?
〝証拠がないじゃないか!
〝丁稚上げの出鱈目だらけで、自殺者がでたじゃないか″と

噂は言いたい
〝虐待はあった!
〝仕組まれた自殺だと!
〝強いものが弱いものを装って、被害者をつくった結果だ″と

あの夜の事務所の前を、噂が通り過ぎようとすると
再び施設長の声が頭の上の窓の隙間から降ってきた
「うまくいった。次はこの辺りのこいつに死んでもらおう…。
    大丈夫さ、いつ死んでもわからない老人ばかりだからな…。」

噂は我慢できない!
噂は飛び出した!
身体中から飛び出した!

噂は夜、町中のポストにビラを作って投げ込んだ
マスコミにも電話をかけてすべてを語った

噂は「うわさ」に生まれて、自分に一番出来ることをしたと思った
(これで、もう、死ななくていい人が、殺されることはない)

その翌日、噂の姿を見かけた者はいなくなった
誰かが「噂は遠い所へ送られた」と言った

そして人々は口にした
「ホント、噂なんて一体誰が産んだのかしら?
    どうせすぐ、消えるだけのモノなのに…」



自由詩Copyright 為平 澪 2019-06-07 00:58:13縦
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