虫を飼う
田中修子

はく っ、 りっ

耳を塞ぐと虫の音が耳のなかに響き渡る、鈴虫が皮膚をぞろぞろぞろぞろ這っている。
そも、これは、すずむしか。でも鳴いているだろうが。

り、りりりりっり、りりり
鳴くよ、虫だから、どこまでも、甘いわめき声がみちみちる。

いまは五月だ。いまは五月だ。鈴虫の季節ではない、晴れ渡る空の向こうに紫陽花の煙る梅雨の日々が、くる。君が去った季節だ。わたしはいつも呼ばれそうになるのだよ。
やがて白くのぞける おとがい
赤く膨らむ唇が、のぞんで、ね?

はくりっ はくりっ 吐く 吐く 吐く ははっ!
もう動かないよ、動けないよ、ガトゴト油が切れたみたいにキーボードを打つ、この手


さわるな。
髪をつかんで引きずり回され耳をふさがれる。
穢れた。薔薇の塩風呂。さらに日本酒を入れて祓うか、なんだ、この、
なぜ、なぜ、くるのだ、ふれないでくれ、
つうっと太ももをつたうの赤いの、
ぼうとして血だまりをみる。親指をおしつけると、あたたかく いん となってからまる。
垂らされてきた蝋が滴って 落ちただけ だよ。

ひととしてあつかうな
おまえはひとではない ひとをものとしてあつかうのなら
せめてそのように外道の顔をしておくれ、ね、

ヒトガタ、

いっそのこと、なぜ連れて行ってくれないのかね、
淡い紫陽花の向こうに赤信号がまぶしく揺蕩っている

なぜ踏みとどまっている、この世はね、

「ほんとうにいいひとは だれひとりとしてもどってきませんでした」

耳をふさぐ。目もふさぐ。と、行き場を失った虫たちと、私、は、うちがわにいる。
うちがわをろぞろぞろぞろ這う、虫たちと
いっそう高くなる呼び声と

わたしは
しぬ
のではない
いく
のだ

生き、生き、イキキキキキキっ 行き来せよ、行き来せよと、

あの虫たちが私に囁く。

きちんと。洗濯ものをたたむ。ここに。
陽のにおいのするタオル。
丁寧に折ってたたもう。

きみ、晴れてるよ、今日は晴れているよ。きみのみなかった十数度目の五月だよ、そろそろあの黄色い花が咲くよ!


自由詩 虫を飼う Copyright 田中修子 2019-05-16 10:03:23
notebook Home 戻る  過去 未来