まにまにダイアリー③おっくうがるはいずこ。
そらの珊瑚

祖母を助手席に乗せて島へ渡る。「死ぬる前に海が見たい」と彼女が言うからだ。高齢ということを逆手にとって(ぴんぴんしてるくせに)欲望を叶えたいとき祖母はいつも死ぬ前にというワードを足す。すいっちを押されて生きものとして誕生したわたしたちは、すべからずみな死ぬ前に何かを見たりどこかへ行ったりしている。
それに、残された時間が少ないかどうかなんて神様しか知らないのに。欲望というエネルギーがあるうちは人は死なないと思うのだが。
首にスカーフを巻き付け、サングラスにつばの広いラフィアの帽子を被った祖母の紫外線対策は完璧にみえる。少なくとも私より。日焼け止めクリームさえ塗らない私にいつも彼女は「おっくうがるとあとで後悔するわよ」と言う。おっくうがる……。祖母の声帯をくぐり抜けたその響きは、異国の地名みたいに浮遊する。まだ誰も知らない孤島の。

島へ架けられた橋を渡る。海の上を走っているのだと思うと、鼓動が早くなり、変な汗が出る。東京タワーもなんとかツリーも見晴らしを楽しめたのに。地球から垂直に刺さった高いところはおおむね好きなのか。私は橋限定の高所恐怖症なんじゃないかとかねがね思っている。すごいワイヤーを使っていようとなんであろうと、橋は怖い。公園にしつらえた小さな橋ですら渡るのはちょっとした勇気がいる。

架けられた橋に捕まえられて、島は身動きできずに緑を生やしている。

おっくうがるは未発見の島であるから、誰にも捕まえられない、のさ。


自由詩 まにまにダイアリー③おっくうがるはいずこ。 Copyright そらの珊瑚 2019-05-11 12:54:17
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