ぴよちゃん
佐藤伊織



波の音。



「それで、逃げてきたんだ。」

「…うん。」




石を手のひらで転がす。平の髪は風で顔を隠す様にゆれている。





「ぴよちゃんは?」



「いるよ。」





ぴよちゃん。ああ、あの黄色いぴよぴよした姿が一瞬脳内をよぎる。


大きな波がきて、足の指の数センチまで砂が濡れた。

平は石を投げた。





「水田さんの言う事を『はいっ、はいっ』って聞くんだ。ぴよちゃん。」


「うん。」




「だけどさ、歩いている間に、ぴよちゃん忘れちゃうんだ。」






風が一段と強くなった。波からあらわれる無数の白い泡が弾ける音で、僕らの耳は少しの間塞がれていた。





「…鳥…だもんな…。」





次から次へと現れては消えて行く波に、平は何度も石を投げつけた。




そうして、二人で暗くなるまで海を見ていた。







自由詩 ぴよちゃん Copyright 佐藤伊織 2019-05-10 23:59:49
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