追憶を燃やす匂い
帆場蔵人

夏の夜に眼を閉じて世間を遠ざける
蚊取り線香の燃えていく匂い

いえ、あれは父が煙草を吸い尽くす音
いえ、あれは兄が穴を掘る遠い音
いえ、あれは舟に乗せた人にふる音

どこに行けばいいの?と尋ねても
背中でしか語らない人たち
祖母に手をひかれて歩きながら
あかい椿を口から出して
ハンカチにくるんだ道は
前へとゆく今日と同じ道

しろい肌に包まれて
果ててゆく道の端にもう
どうしようもないぐらいに
違ってしまったいつかの
毛並みの悪い子の瞳が
転がっているのです

あの人と同じ
形のよい

背にあかい朱をひいて
癒えてはまた傷つけあう

赤児がないた

眼をあければ
爪の形のよさを
燃やしてしまいたい
けれど蚊取り線香は
燃えつきて匂いだけが
悲しそうに去ってゆく

煙草はやめて家をでて
私を知らない土地の川で
舟を流す、それは海へ続き
あの日と繋がりながら
よく似た横顔で流れてゆく
あかい椿の刺繍のハンカチ

ふたり、ゆびを絡めあえる
家へと帰る道をたどろう


自由詩 追憶を燃やす匂い Copyright 帆場蔵人 2019-05-08 22:19:00縦
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