川が蛇になって
こたきひろし

辺鄙な山あいを川が流れていた
普段は大人しい川。水嵩は少なかった。

その辺りは地図の上では町と村の境目。
上流が村で下流が町だった。県道が一本中央を貫いていて町と村を繋いでいた。
もしその道が通行不能になったら、陸の孤島になってしまうだろう。

畑と田んぼばかりの所だった。
隣の村と町では学区が違うのでそれが壁になり、子供らが一緒に遊ぶ事はなかった。

台風がきて過ぎ去った。
川は毒を持った巨大な蛇のように変身していて、怖くて近づけなくなっていた。

私は町の子供だった。川は家の近くを流れていたのでいつも川音が聞こえていた筈だが、長い間に耳がすっかり馬鹿になっていた。

私の家の前には、県道から枝分かれして先でふたたび合流する細い道があった。
その道から田んぼの横を抜けると川の土手に出られた。

知らない子供が三人来ていて、鬱蒼と雑草の生い茂る土手の上から川を覗き込んでいた。
話する声が聞こえて、私は隠れて盗み見ていた。
村の子供であるに違いなかった。

そのうち、一人がふざけて一人の背中を押したから、川に落ちてしまった。
濁流に飲まれて流されてしまった。ほんの一瞬の出来事だった。
残る二人は血相を変えて逃げ出した。

私は心臓が潰れるほどに驚いたが、結果的に何も見ない事にした。

新聞に載った記事には子供は一人で川を見に行き、転落して死亡したと書かれていた。
私はそれを読んで真実を叫ぶ子供にはならなかった。

私は私なりにそれを信じる事にした。
その方が楽に違いなかった。

あれは私の見間違いだ。
悪い夢だった。と、心にしっかりと封印をして。


自由詩 川が蛇になって Copyright こたきひろし 2019-05-08 07:13:05
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