人の口を数えても
こたきひろし

上級詩人の奏でる言葉に
聞き惚れる

そんな時代もありました
昔は僕のこころも美しく澄んでいましたから

今はすっかり皺がはいり
皺のなかに埃が溜まって
上級詩人の奏でる言葉に
耳が反応しなくなってしまいました

それにしても
人の口の数に等しく嘘が吐かれて
歓楽街の電飾の看板にさえ飛び散っていますよ

そんな夜の街でお酒を飲んだら
際限なく酔ってしまいました

職場の同僚たちと懇親を深める為に飲んだ酒に
我を失ってしまいました

それから一人で場を抜け出し街中をさ迷い歩きました
歩き疲れた頃に足を止めて そして一軒の店の重たげな扉を軽く開けました
すると仕掛けられた鈴が鳴って
いらっしゃいませ
という女性の声に 
はしたなく性欲望を刺激されました
酒の魔力に体が女性を欲しがるのは男性の本能だと思います



まるで暗い海底に落とされたような照明の店内
それはどこの酒場にもありがちな演出でした

若い女性店員がカウンターの隅の椅子から立ち上がるとおしぼりを手に近づいてきました
店内に客は誰もいませんでした
僕がその日初めての客だったかもしれません

女のこは髪を長く伸ばし背中に垂らしていました
見た目に水商売に相応しくない顔立ちをしてました
控えめな化粧と清楚な服装に体を包んでいました

僕は
真っ先に何でと思いました
酔いが一度に覚めてきたのです

鶴ですね
と僕は思わず言っていました
「綺麗な湖に降り立っている」

えっ?何ですかいきなり
彼女は聞き返し不思議そうに僕の顔を見ました

あんまり君が可愛いから初対面なのに言っちゃった
僕が答えると
お客さん上手ですね
彼女は言いながら僕におしぼりを渡してくれました

カウンター席に案内されてすわるとカウンターのなかには正装した男の人がいました
いらっしゃい ここは初めてですねと言われ
僕は緊張して頷きました

男の人はすかさずに言いました
ケイコの事気にいってくれたみたいですね
遊びなれていない僕はストレートなものの言い方に何も答えられませんでした
何だかコールガールの売り込みみたいに思えてしまいました

実を言うとあの子は私の姪なんですよ 昼間はちゃんとしたところで勤めていて
夜ちょっとだけ手伝って貰ってるんです
まだ慣れてないから上手くは相手ができません
今は奥でかわきもの用意してますから出来たら横に座らせますよ
と口にして「何を飲みます?」聞いてきました
ビール下さい
と僕は言いました
そして聞きました「ここは二人だけですか」
もうすぐ二人来ますよ 二人ともちょっと年はいってるけどね 気立てはいいです

彼女がかわきものといっしょに現れて僕の横にすわったから
心臓がドキドキしてしまった
僕は聞いてみた「マスターの姪なんですか?」
聞いて同時にカウンター内の男の人の顔をうかがっていた

それから彼女の顔に視線を移した
ええと言って間をおき おじさんです
と彼女は返答した

それから何度もその店に僕は通った

下級詩人にもなれない僕は下手くそな恋愛の詩を
書いてしまう羽目になり
そして段々に嘘がメッキみたいに剥がれるのを感じて勝手に失恋した







自由詩 人の口を数えても Copyright こたきひろし 2019-05-04 07:57:45
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