気化熱
Seia

暑くなりましたね

駐輪場にて声がした
それは幻聴ではなくて

知り合いではない
とおもうがどうだろう
わたしの記憶に自信はない
いまのところ
覚えがないことにしておこう

暑くなりましたね

たしかに暑い
ころころと変わる気温は
季節の変わり目の証でもあるが
それにしても
半袖の上に羽織った
ナイロン製のジャンパーが
手首のあたりではりついている

暑くなりましたね

駅のホームで
信号待ちで
スーパーのレジ前で
同じように
知り合いではないだれかに
声をかけられてきた

天気
気温
時事ネタ
なんのことはない
わたしに向けてなのか
自分に向けてなのか
わからないぐらいの体温で
それらの言葉をかけられてきた

暑くなりましたね

そしてまた今日
同じようなことを
繰り返そうとしている
軽く会釈をして一言
おもったことを口にすればよかった

そうですね
寒いですね
蒸しますね
長く降りますね
残念ですね
めでたいですね

暑くなりましたね

ただその一言が出なかった
引きつった笑顔のまま
すこしだけ首をかたむけて
空虚な時間がすぎた
向き合った顔と顔の間に
感じたものはなんだ

日常を日常として
上手に配達できないとき
わたしはいつも考える
落としてしまった
荷物の中身を

鍵をまわして
エンジンをかけた
袖口にあたる風が冷たいのは
気化熱のせいだ


自由詩 気化熱 Copyright Seia 2019-04-27 21:51:32
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