まにまにダイアリー②サザーランド切手
そらの珊瑚

長い連休、借りてきたDVDも底をついた。祖母の家を訪ねる。といっても同じ敷地内にあるので、徒歩三十歩くらいの旅だ。
祖母は祖父が亡くなって、三十数年未亡人だ。未亡人はモテるのよ、と、八十歳になった今もお化粧は欠かさない。もちろん下品にならない薄化粧だ。
「はい、おみやげ」私はドラッグストアで買ったホホバオイルを祖母に渡す。美容に関するものを彼女は何より嬉しがる。
「いつもありがとう。風呂上りにこれを塗ると朝までしっとりしてるよねえ」とほほ笑む祖母の皮膚はしわこそあるものの、白磁のごとくつややかだ。
「何してたの? おばあちゃん」
「いろいろ昔のものたちとね、話してたとこ。忘れられていくだけのものにも時々お日様を当ててあげなきゃ。うっかりすると朽ちてしまうから」
桜は散って、ハナミズキが色づき始めていて、私は祖母と縁側で、過去のものたちと光を浴びている。
「そうだ、私が死んだらこれ、あげる。サザーランド切手が貼ってある手紙よ。結構いい値がつくはず。ホホバオイルのお礼」
「それ売ったらイギリスまでの飛行機代になるかな」
「往復切符くらい買えるわよ。もちろんファーストクラスのね」
今日のおばあちゃんはことさら白く、異国の血の証であるという青い瞳は、沼に浮かんだアンティークのビー玉みたい。


自由詩 まにまにダイアリー②サザーランド切手 Copyright そらの珊瑚 2019-04-20 11:13:22縦
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