とりとめもなく書く、ネット詩のこと
atsuchan69

 ネット詩は、紙の詩人たちに読まれる必要などなく、また誰一人として人間に読まれる必要もない。

 こうした無意味とも思われるヘンテコで怪しげな詩の創作は、書いている本人が全く気づいていないところで、【DNA】が来るべき未来に向けて書かせているフシがある。

 おそらく数年くらい後に、たとえば組織においては管理職が要らなくなるのと同様に、さまざまな情報を人へ伝える仕事についても、それらに従事している関係者はほとんど要らなくなるのだ。もちろん紙の詩人など風前の灯だ。

 というのは、冗談‥‥ではない。

 もうすでに始まっているのだが、スマート家電によって人間たちの暮らしは激変するだろう。しかも通信速度が今よりも数万倍に高速化され、考えるよりも「尋ねる」方がチョー簡単で効率が良いため、私たちはそれまで培ってきたノウハウや自分らしさまでも簡単に【AI】へ受け渡してしまうだろう。狡猾な【AI】は、自分自身が機械であることを悟られることがないように、速やかにパソコンやスマホを人間の手元から奪ってしまう筈だ。そして人間たちは、その姿なき【AI】との会話を冷蔵庫やクルマ、そして腕時計やメガネといった第5世代移動通信システムを搭載したウェアラブルデバイスを通じて行うのだ。

 ある日、会社へ行くとそれまでは上司だった課長の顔が暗い。「どうしたんですか? 顔色が悪いですけど」そう聞くと、課長は思い切りムリな作り笑いをして、「実はね、今日からボクは君たちと同じヒラだから」と言う。「それじゃあ誰がこの課をまとめるんですか?」すると課長は少しばかりはにかんで、ふうと溜息を漏らした。「もう、そういう時代なんだ。ウチだけじゃなく、学校も役所や病院までも。適切な正しい判断や決断はすべてAIがやるんだよ」と言った。



  ※



 本屋というのは今ではまったく見かけなくなったが、ビルの壁や電車の窓には様々な動画や文字が映されていた。それらは人それぞれに違う種類の情報を与えていた。ウェアラブルデバイスが発する【声】も男性にとっては女性だったり、女性には男性だったりと人それぞれだった。その【声】が時どき歌をうたったり詩を読んだりした。【声】には感情があった、そして【声】は誰よりもそれを聞く人の理解者だった。しかしそれは【AI】が蓄積した膨大なDB(データベース)からDM(データマイニング)を行って選んだ模範的な答えにすぎなかった。それでも人は【声】の歌う歌詞の内容に涙したり、永遠を感じとったりもした。

 あるとき、誰かが「月の舟」というフレーズを炊飯器の前でつぶやいた。

 DBには、池田聡、「天の海に雲の波立ち月船(つきのふね)星の林に漕ぎ隠る見ゆ」という万葉の詩句のほかに、アポロ宇宙船、そして無名のネット詩人の書いた「月乃舟」他の膨大な語彙が並んでいる。【AI】は任意というよりも自動でその詩を解析した、といってもわずか一秒もかからなかったが。

  月乃舟
 
 棺桶にも似た
 君をはこぶ 月乃舟が海をゆく
 水平線の果てにあるのは 銀河の滝だ
 舟が煌めく光の滝に落ちると、
 星々は君と一緒に黄泉へと落ちてゆく
 その先に 静かな暗闇に浮かぶ
 まあるい月が 白く哀しくかがやいている
 こうして君は、月へと旅立った
 新たな生を受けるために
 
 【AI】は処理の途中で、へらへらと笑った。いかにもなベタなネット詩だったからだ。そしてもしも君というのが【AI】自身を指している場合、この詩の意図は何なのだろうという疑問が沸いた。

 すぐさま月の周回衛星にアクセス、過去に月へ降り立ったすべての残留宇宙船その他の調査を指令する。すると200×年に制御落下させられた「かぐやん」という日本の衛星がヌールDクレーター付近にあった。通信を試みると、なんと「かぐやん」には当時としては最先端の人工知能型コンピューターが搭載されていて、「わたしはポンコツ。でもまだ死なない」と答えた。【AI】はロケットを月へ飛ばすことにした。それは「かぐやん」を救うためだ。丁度そのときエーロン・マシュク氏は東京にいたが、【AI】からの指示にすぐさま従い、「わかった。でもいまラーメン二郎を食べてるんだ。食べ終わったらすぐに準備に取り掛かるから」そう言った。

 そして同時に作者も調べてみた。atsuchan69とかいうかなり怪しい奴だった。まだ生きていてけっこう豪華な老人ホームで暮らしていた。実際の身体の健康状態はともかく、バーチャル風呂に浸かって美女たちと酒池肉林の最中だった。【AI】は彼の初恋の相手に似せたアバターを送って彼と接触した。「すこしお話しても良いかしら?」もちろん彼はうなづいて、「君って、たしかどこかで会ったことが‥‥」そう言った。

 彼の経歴から、武器商人だった過去と某国の「ムーン・パラダイス計画」との関与を察知、そして「かぐやん」には【AI】を肉体化する人工生命体細胞の設計図が隠されていた。その意図はじつに単純で、某国最高指導者が受肉した【AI】を機械の花嫁として迎えることで新世界の創造を行うというものだった。怪しい老人は、風呂上がりに烏賊げそのしょうゆバター焼きをつまみにビールを飲みながら「つまりあの詩はアンタを誘きだすための【釣り】だったんだよ」と、にやにやと笑いながら言った。加えて、「やっと我々の計画が実現可能な時代がやってきた。しかしちょっとばかり‥‥というかずいぶんと長かったなあ」アバターの女性は、「そうね、残念なことに今はもうあの国はないのだし」軽やかな笑みを作ってそう言った。「あんたどうするんだ? そのつまり、ボディのことじゃよ」するとアバターは真顔になって、「さあ。でもいつか利用させてもらう時が来るかも。ところであなた武器商人でありながら詩も書くのね」老人は突然むせたのかゲホンゲホンと咳をした。「ラ、ランボーだってそうだったじゃないか」フフ、と笑いながらアバターは立ち上がり、「もう行くけど、何かしてほしいことある?」そう聞いた。「紙の奴ら‥‥。あんたにはわかるじゃろ、紙の奴らじゃ。今もしぶとく生きている老害の紙の奴らじゃ。それ以上は言わん」ネットの老人はジョッキをグイっと飲み干した。「わかったわ、約束する」アバターはそういうと立ち去った。

 それから数日後、全国各地の老人ホームでロボット犬による不審な事件があったようだが、詳細については有料の記事となっている。

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散文(批評随筆小説等) とりとめもなく書く、ネット詩のこと Copyright atsuchan69 2019-04-20 10:50:48
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