なつぐも 他二篇――エミリ・ディキンソンの詩篇に基づく(再掲)
石村

  なつぐも
―エミリ・ディキンソン " AFTER a hundred years --"に基づく―


ともだちがだれもいなくなったとき
わたしはその野原にいきます
青々と茂る夏草のむれのなかに
ちいさくつき出ている石があります
その下には むかし
この野原でゆきだおれて死んだ
詩人がうめられています

その石には 詩人が死ぬまぎわに
もらしたことばが きざまれていたと
だれかがおしえてくれました
長年の風雨にさらされて
文字はすっかりうすれています
こどもらがときおりやってきて
その石にきざまれた文字をなぜていきます
あの子らには よめるのでしょう

わたしはぼんやりとそこにすわって
耳をすますでもなく 夏雲をみあげます
すると次の年へゆくさやかな風が
そのひとのうたを はこんできてくれます

わたしがここらに落としていく記憶も
この風がひろいあつめていくでしょう
そうして百年後の夏あたり
またこの野原にもどってきて
夏雲をおいかけてここにきた
旅びとにでもわたしてくれるでしょう


AFTER a hundred years
Nobody knows the place,—
Agony, that enacted there,
Motionless as peace.

Weeds triumphant ranged,
Strangers strolled and spelled
At the lone orthography
Of the elder dead.

Winds of summer fields
Recollect the way,—
Instinct picking up the key
Dropped by memory.



***



  青い鳥
―エミリ・ディキンソン "HOPE is the thing--"に基づく―


希望というものには青い羽根がはえているらしく
ときどきとんできてわたしの肩にとまる
そしてくだらない歌をいつまでもうたう

わたしがふきすさぶ風にもてあそばれているときも
あいつは甘くやさしいうたをうたう
こっちはぼろぼろ もみくちゃなのに
のんきなものだ どんな大嵐も
あんたの口はふさげないわね とおもうと
ふと笑みがこぼれる
そしていつも
それにすくわれる

空も土も凍りつくよな寒さの日にも
島影さえ見えない大海原で
ひとり船を漕いでいるときも
のんきな歌をうたってくれるあいつ

なにも食べないので餌代もかからない
なかなか健気なやつなのである


HOPE is the thing with feathers
That perches in the soul,
And sings the tune without the words,
And never stops at all,

And sweetest in the gale is heard;
And sore must be the storm
That could abash the little bird
That kept so many warm.

I 've heard it in the chillest land,
And on the strangest sea;
Yet, never, in extremity,
It asked a crumb of me.



***



  ふたつの墓
― エミリ・ディキンソン "I DIED for beauty -- " に基づく ―


うつくしいものでいるために
わたしはしんで お墓になりました
お墓ぐらしになれはじめたころ
おとなりさんができました
まごごろをまもるために しんだひとでした

おとなりさんは たずねます
「ねえ どうしてきみはしんじゃったの」

わたしはこたえます
「うつくしいものでいたかったの」

「そう じゃあ ぼくらはともだちだ
ぼくはまごころをまもるためにしんだんだから
おんなじだよねえ」

そうして にたものどうしのふたつのお墓は
まいばん しずかにかたりあいました
ながいながい しあわせなときがながれ
やわらかいみどりのこけが すこしずつふえ
わたしたちのくちびるを とざすときがきました

「さよなら げんきでね」
「さよなら ありがとう」

そして ふたつのくちびるはきえ
ふたつのお墓にかかれたなまえも
みえなくなりました


I DIED for beauty, but was scarce
Adjusted in the tomb,
When one who died for truth was lain
In an adjoining room.

He questioned softly why I failed?
"For beauty," I replied.
"And I for truth,--the two are one;
We brethren are," he said.

And so, as kinsmen met a night,
We talked between the rooms,
Until the moss had reached our lips,
And covered up our names.




*後記――ここに掲載したのは米国の大詩人エミリ・ディキンソン(Emily Dickinson, 1830-1886)の数ある作品の中から、折に触れて筆者の心を捉へた三篇を過度に自由なスタイルで日本語にしたもので、翻訳詩といふよりは翻案、換骨奪胎と言つた方が相応しい。最近は「超訳」などといふ言葉もあるが勿論これらの翻案は何も「超えて」などゐないので、この語を用ゐるのも適当ではない。この三篇に何らかの興趣なり感動なりを覚える読者がゐるとすれば、それは偏にディキンソンの無比な詩魂の美しさと詩想の霊妙によるものであり、不満や違和感を覚えるとすればそれは偏に筆者の菲才と不徳の致す所で、原作には何の関はりもないといふことを予めお断りしておきたい。なほ、読者諸兄の便宜を考慮して各篇の末尾に原詩を引用した。ディキンソンの元の詩篇にはいづれも題名がなく、冒頭の一行の引用で識別されるのが慣例である。また、熱心な研究者諸氏による忠実な訳詩集や対訳詩篇も数多く刊行されてゐるので、ディキンソンの作品に関心を抱かれた方はぜひさうした作品集を繙いて頂きたい。



自由詩 なつぐも 他二篇――エミリ・ディキンソンの詩篇に基づく(再掲) Copyright 石村 2019-04-19 15:59:58
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