泥の月
帆場蔵人

水面の月を一掬い
啜ると泥の味がした
こいつは幻想で幾ら美しくても
血は通っていない偽物だ

僕らは二十歳の頃どぶ鼠だった
灰ねず色の作業着で這いずり回り
朝も昼もなく溺れるように仕掛けられ
最後は遠心分離機にかけられて
心身が別たれ工場に棲んでる
どぶ鼠にされた

あいつも
どぶ鼠の一匹でとにかく何処でも歌っていた
車の中や薄暗い倉庫の奥
真夜中の駐車場や食堂の片隅で

水面に映る月みたいに
儚く美しく生きたい
なんて叫んでいた

僕がどぶ鼠の皮を脱ぎ脱走してからも
あいつはあの工場を這いずり朝陽に
溺れて歌っていたらしい

二年ほどして訃報が届いた

僕はあいつと友達だったのか
葬式にも行かず香典も包まず
あいつが叫んだ歌手の名も思い出せない
違ったのだろう軽蔑すらしていた
偽物に憧れていたあいつを

水面の月を啜り泥の味を覚え
水面の月を叩き割り僕も偽物で
この泥の月を描きたいと感じたとき
初めてあいつと通じたのかもしれない

偶に僕はあいつの抜け皮を被る


自由詩 泥の月 Copyright 帆場蔵人 2019-04-17 14:49:28縦
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