螺旋階段を昇って
こたきひろし

4階建ての雑居ビル。一階入り口の通路が直ぐに行きどまる所にエレベーターがあって最上階まで延びている。通路の横に寿司店があって店頭では持ち帰りの寿司を販売していた。二階はパブレストランでエレベータでも上がれだが、一階から延びている螺旋の階段があってほとんどの客はそこから登り降りした。
一階の寿司店と二階のパブレストランは同じ経営だがビルの持ち主ではなかった。オーナーは三階の歯医者で三階には他に美容室が貸借されて入っていた。
最上階のエレベーターの前はサラリーマン金融が店舗を構えていて、その前の通路の奥に一部屋があった。
そこは一階と二階を貸借している店の倉庫がわりと従業員の着替えや休憩、そして食事の場所になっていた。出勤と退勤を打刻するタイムレコーダとタイムカードが置かれていた。


相田さんは下の名前を静子といった。けれどその名前を大きく裏切っていた。パブレストランでバイト始めた当初から元気でよく喋り賑やかな性格の女子学生だった。
静子さんはその年の一夏だけ私の前に現れて、私の中に嵐を起こしそして去っていった。
静子さんは自己紹介で「学校の友だちにはお静と呼ばれています」と言った。そして「お静と呼んでくれてかまいません」と付け加えた。

店はお昼の忙しい時間帯が終わると従業員が交替で四階の部屋で食事をとった。
厨房からは一人、客席担当から一人の組み合わせで昼食を含んだ休憩に入っていた。

独身で三十代後半だった私の性格は陰性そのものだった。勿論、女性と交際した経験はなかった。
静子さんの年齢は、私の半分もなかった。私にとってその年代の女のこは怖れの対象になってしまう。
正直言って私は女性コンプレックスのかたまりであった。若い女性を前にすると緊張してしまい言葉がでなくなってしまった。
童貞は、風俗で卒業していた。そうする以外に方法はなかった。しかしそれは自分自身を結果的な著しく傷つけてしまったのだ。運命の相手が現れるまでなぜ待てなかったのか。しかしそのチャンスの到来は一生ないと諦めるしかなかった。
でも本能と性欲はいやもおうもなく押し寄せてきた。その先にはお金で買うと言う方法以外抜け出し口は見つからなかったのだ。
私は十代の少女に私の精液の匂いを嗅がれたくはなかった。が、その匂いを女性は敏感に感じとるに違いなかった。

ある日。私は静子さんと休憩時間が一緒になった。四階の部屋に二人だけになってしまった。
彼女はその天性の明るさからか、私に何の躊躇いもなく普通に話しかけてきた。
警戒心は、感じられなかった。
「Kさん、ちょっと立ってみてください」静子さんは何を思ったがいきなり言った。「一回りしてみてください。そしてワンと言って下さい」私はその言葉に何も考えないで言われるがままにしてしまった。
すると静子さんは言った「バカですね、男だったらそんな事されて悔しくないんですか。頭にきてあたしの頬っぺた殴って下さいよ」と言ってのけた。
私はただただ唖然とした。静子さんはいったい何者なんだろうと思い、まるで得たいのしれない宇宙人のように見えた。
「Kさんはたしかに良い人ですよ。優しいし思いやりもあるし。だけどそれだけなんです。女の目からみたらそんな男は良い人でも何でもなくてどうでもいい男なんですよ」
私は言われて何も言い返せなかった。

何も言い返せないまま
気がついたら四十年が過ぎてしまった。
のだ。



自由詩 螺旋階段を昇って Copyright こたきひろし 2019-04-16 01:10:28
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