菜穂子
石村




 花瓶の近くに置かれた姉の唇が燃えてゐる。

 うす紫色の炎が小さく上がつてゐて、読んでゐる文庫本に今にも火が移りさうだ。

 目を細めて見ると、表紙に「菜穂子」と書かれてゐた。


 庭の土の上で、緑色の蛇と紫色の蛇がもつれあつてゐる。

 「もう春なのよ」

 姉はさう云つて、文庫本を閉ぢ、花瓶の水を取り替へに行つた。


 柱時計が鳴る。三月十四日、午後三時。




(二〇一八年三月十四日)




自由詩 菜穂子 Copyright 石村 2019-04-03 17:17:13
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