ドアー
ツノル


階段を上る足音。携帯が鳴る。いや、呼び鈴なのか。テレビをつけたまま眠っていた。そろそろ肩の芯まで冷えてきて、夜は不安をつれて深くなる。生きているうちはいい。不可解な死に方だけはしたくないものだ。と思った。白い花びらと棺桶の中に横たわっている。その間中ありもしない詮索をされるのが心残りなのだ。焼酎では酔えない。昨晩は久しぶりにウイスキーを湯で割った。眠れないときにはこいつが一番の友になる。静かな夜だった。音のない夜には黄色い悲鳴が耳鳴りに渦を巻いて、いつも胸の芯までかき乱すのだ。何を怯えているのか。怯える理由などないではないか。明けはすぐにやってくる。誰もいない。夜は穏やかな静寂を繰り返す日々。いつものように走り去る車軸の歪みが響きわたり、トントントン、ドンドンが、終いには、けたたましい音を鳴らしながらドアの取っ手をもぎ取る気配だ。身構えて外に出ていた。混毛を振り乱した野良犬が牙を剥きだして襲いかかる。咄嗟に身を躱すが、鈍く尖る歯がはらわたの中まで抉り込んできて身動きがとれない。睨みつけたまま暗闇に佇んでいた。月灯りに照らされた老木の傍らで、目の潰れた少女と太った雌の猪がとどめを刺そうと機会を窺っている。けたたましい叫びが笑い声に変わる。ひらひらと栗の葉が落ちてきて足下を覆う。腐葉土の中までも漁ろうと云うのか。発狂はそれでも治まらなかった。身から出た錆ではないのか。いや、このような化け物は決して自分を責めたりはしないものだ。族という囲いの中だけで身を包む。外側で被る迷惑など気にもしないのだ。やさしさが弱さになり族を奮い立たせれば怨みは完結する。知覚する怨みとは逆に気の弱さの表れなのだ。土塀の縁から音を立てて崩れてくる。雑音を打ち消す予感がする。群れからはみ出した者の鋭敏な予感が。ドアの鍵はちゃんと閉めたのか。きっと待ち伏せされるかもしれない。剥きだしの刃があたまを過る。静脈が縮む。考え過ぎて思考を巡らすのはよくないことだ。酔いも近い。熱いウイスキーならば二杯にとどめておこう。冷めてくれば逆に眠れなくなる。足音は聞こえたのか。それでも、呼び鈴を鳴らすのは誰だろう。



自由詩 ドアー Copyright ツノル 2019-03-27 01:24:07
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