副葬のためのノート
春日線香

春の夜、ひとつの管玉がアパートの玄関に埋まっていて、きっとこの世の終わりまで気づかれることはない。それはもう定められたことで覆しようがないのだ。誰がそんなことをしたのか、小さな水仙の花が掲示板に画鋲で留めてある。



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嫌だな、と思って上を見上げる。低いベランダから垂れ下がる食虫植物の房のひとつが、熟れたような赤紫に変わって膨れている。たしか去年の夏、些細な出来心で蝉の死骸を放り込んでおいたはずだ。それを思い出した。中は見えないが。



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自転車を置きに裏に回るとあちこち工事している最中で、脳を露出させた人々が忙しそうに立ち働いている。生コンを注がれた一輪の猫車を操りながら、片方の手で頭をおさえて脳がこぼれないようにしている。危なっかしいのに不思議と整然として、夜遅くまで作業は終わらなかった。



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老人が壁を舐めるのに必死だ。青白い舌をひらひらさせて土塀を舐め取ろうとしている。耳のうしろに大きな腫瘍がぶら下がっていて、頭を動かすごとにそれも一緒に揺れる。不憫に思って飲み物を用意したが一向に手を付けようとしない。壁はとても甘いのだという。



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ベランダに誰かいるらしい。磨りガラスの向こうに人影が蹲っていて、ほとんど頭を床につけて丸くなっている。部屋の中からは薄ぼんやりとして男か女かさえよくわからないが、少なくともまだ生きている存在ではあるようだ。しかし、それは、いつからそこにいたのだろうか。



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毛玉を吐いて死んでしまった。そこに長いこと残されていたがやがて誰かが植え込みに蹴り込んだようで、いつのまにか草に隠れて見えなくなった。煙草の吸殻や砕けた鉢植えがごちゃごちゃと混ざるあたり。ビニール袋が飛んできてしばらく引っかかっていた。



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目に見えないものが入ってきて、束の間、電気が明滅する。金魚鉢の出目金が腹を上に向けて死にかけている。茶碗、箸、ハンガーなどが床に散乱しており、足の踏み場もないとはまさにこのこと。外は花粉が飛んでいるのでもう何日も部屋にいる。何日も。



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そこには男女が千人も葬られ、時の経過につれてゆっくりと地中を動き回っているだろう。清潔な骨が擦れ合う中に、子供が差し込んだアイスの棒や自転車のスポークが混じったりする。急ぎ足で林を抜けてそこを過ぎる。ちょうど空に大きな月が掛かったところだ。





自由詩 副葬のためのノート Copyright 春日線香 2019-03-21 12:13:54
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