虐待
印あかり


死にゆく蛍がかじった、かもがやの隙間の細い風
すっかり軽くなった腹を抱え
夜霧の中をしっとり歩いている
大きな風に
人の声が洗われて、草木の本当の
美しさを見る日を待ちわびていた

蛍は一匹、二匹、死に、生きたものも光るのをやめた

埃の甘く匂う本が好きで
積み上げては崩していた
両の頬に詰めこんだ言葉でにっこり笑ってみせた
無邪気に罅が入り、羊水が零れて
生まれたものがわたしの目を見つめ返してくれるまで
灯りもつけずに待っていた
そのうち
壁に書きつらねた数が振り子をぶちはじめた
声にすることを怠ったから
わたしは痛みの中に閉じられた

露をまとって震えるそれを
読みあげた人から飛び立ったらしい
風の吹き抜ける朝へ
知らない人々の声が降り注ぎ
夢のようなさようなら

あれから何度声をあげて泣いたろう
何に惹かれて、何を恐れたのか
細い風を噛みながら考える

眠りに守られる夜をやめたこの頃は
風の脆い朝でも美しいと思える


自由詩 虐待 Copyright 印あかり 2019-03-12 09:54:26
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