旧作アーカイブ1(二〇一五年十二月)
石村

(*筆者より――筆者が本フォーラムでの以前のアカウントで投稿した作品はかなりの数になるが、アカウントの抹消に伴ひそれら作品も消去された。細かく言ふと二〇一五年十二月から二〇一七年二月までの間に書かれたもの。これを随時アーカイブとして投稿し、フォーラム上に保管しておかうと思ひ立つた。実際に目を通して下さる奇特な方は少なからうと思ふけれど、私の手元に死蔵しておくより僅かなりとも人目に触れる可能性のある場に晒しておけば、まだしも作品の生命が保存されることにもならう。どれほどみすぼらしからうが貧しからうが、書かれたものにはひとに読まれる機会を得る権利があり、作者といへどその権利を封殺すべきではない。)




  すみれ


やさしい人たちから遠く離れて
忘却の季節を通り抜けて
ひややかな秋の角笛に心ざわめかせながら
胸に深くつき刺さる微かな痛みだけを
なぜか大切にもち歩いてきた

黄昏時の懐かしい路地裏で
捨てられた昔の時計が今も時を刻む
神々の幼な子たちが告げる一瞬の永遠は
貧しい心にはすみ切つたかなしみの形でしか響きはしない

悲しいことばかりだつた
どこにも正しい言葉はなかつた
惨めな魂にばかり遭ひ
その誰よりも僕が惨めだつた

美しかつた神殿が崩れ落ちた時
たれもがそれを悲しんだ
いつかその人々も去り
その悲しみたちも忘れられた

その片隅にあどけなく咲いてゐた
ひと叢のすみれの行く末を
見守つてゐたのは君だけだつた

ため息の中で数億年が過ぎ
その頃と同じ青さの空の下にゐる

僕はまたここに戻つてきた
ほんたうに大切だつたただひとつの言葉を
今なら 君に云ふことができる

星々のめぐりは もう
終はろうとしてゐるのかもしれないけれど
やさしい人たちは いつか帰つてくる

いつでもそこの木蔭で 黄菫たちに囲まれて
いとけない眠りを眠つてゐる
君のもとへ


(二〇一五年十二月三日)




  小さな風


麗かな春の日に
星をめざして一心に飛んでいつた燕が
今朝 そこの丘の端に落ちて死んだ

たれも知らなかつた

お前がどれほどそこに近付いたかを
あとひと飛びといふところで力尽きた
お前の望みの気高さを

思ひ上がつた科学にも
卑劣な物理法則にも
屈従を説く哲学にも耳を貸すことなく
お前は一心に突き抜けた
その広大な空間を
ただひとつの約束を 果たすために

ほんたうにあとひと飛びといふところで
残された最後の羽根が しづかに燃え尽きた

たれも知らなかつた

仲良しだつた森の妖精が 
一緒に歌をうたつて過ごしたあの丘の外れで 
しめやかな春の雨に濡れた亡骸を見た その悲しみを

妖精は丘の外れで いつまでも泣き暮らした

季節は幾度となくめぐり それでも妖精は泣き暮らし
いつしかその姿は淡くなり ―― 薄れゆき ――
―― 丘々を吹き渡る小さな風となり ――

麗かな春の日に
あの人のために野花を摘んでゐた
少女の頬に そつと触れた

少女は 知らなかつた なぜ自分が泣いてゐるのかを  


(二〇一五年十二月二十日)




  花束


遥かな、遥かなむかし
時がうまれて間もない頃

夢見がちなひとりの天使が
まだ小さかつた宇宙のかたすみに
いつまでも枯れることのない 花束を投げた

この宇宙をどこまでも広げていく あらゆる命たちが
ひかれ合ひ 巡り合ひ 触れ合ひ 心通はせる
そのよろこびを 絶やすことのないやうに ――

彼らが心を向けさえすれば いつでもそこから
色とりどりのいとほしさが薫り立ち その心をみたすやうに ―― と

その命たちは かなり愚かではあつたが
素直でやさしい心映へをしてゐた

やがて彼らは 降りていつた 小さな青い星に

丘の上で
川のほとりで
薫る風の中で
しんしんと降りつむ雪の中で
そぼふる温かい雨の中で
その花束をたずさへて
彼らはそれぞれに巡り合ひ 触れ合ひ 心通はせた
―― その笑顔の美しかつたこと!

花束はいつまでも 枯れることはなかつたが
命たちはやがて 人と呼ばれるやうになり
愚かにも 互ひを傷付け 自らを憐れみ 蔑み 貶め
犯した罪にふさはしい 非道な獣にならうと決めた
もちろんそれは嘘だつたので 彼らの心は安らがなかつた

花束はいつまでも枯れずに そこにあつた

人はなほも むなしい努力を続けた 
たれもがみな 非道な獣であることが いかに正しいかを示すために
互ひに非道な行ひを 重ね続けた
互ひを憎み 恨み 傷付け 責め苛み
何万年も同じことを繰り返したが
もちろんすべてが嘘だつたので 
彼らの心は 安らがなかつた

花束はいつまでも枯れずに そこにあつた

花束に心を向けることは いかにもたやすいことであつたので
さうしないためには 英雄的な苦心が必要だつた
人は必死だつた ありとあらゆる偽りを考え付き 実行し
複雑な上にも複雑な思想を築き上げ
何万巻もの書物をまとめたが
もちろんすべてが嘘だつたので 
彼らの心は 安らがなかつた

花束はいつまでも枯れずに そこにあつた

花束はいつでも そこにある
君が心を向けさえすれば いつでもそこから
色とりどりのいとほしさが薫り立ち 君の心をみたす
愛するひとを想ふとき 友のしあはせを願ふとき
君の心に いつはりがないとき
君の笑顔が美しいとき

嘘をつくのは止めよう
君のまごころ 
それが君だ

枯れることのない花束をたずさへて
僕らはどこまでも生きていく この宇宙を
ちよつと愚かだけど 素直でやさしい命たち

丘の上で
川のほとりで
薫る風の中で
しんしんと降りつむ雪の中で
そぼふる温かい雨の中で
この花束をたずさへて 今日
僕らは巡り合ふ 
こみ上げてくるやうな笑顔を向け合ひながら

そしてふたつの心が安らぐ
夢見がちな天使がほつとため息をつく


(二〇一五年十二月二十五日)




  雪が囁く


しづかな 夜に きこえない 音で
或るかなしみが お前の心に かさなつた
雪の上に もうひとつの雪が ふれ ひとつになるやうに
僕は何も 囁かなかつた 

何ゆえに 僕は出て行くのだらう そして 何処へ
忍び入る 恐れ お前はすでに 僕から遠い
ひとびとは ああ ああ はなれていつた
ふたつの想ひに 欠けてゐたものはなかつた それでも

雪は ふり続く 古い儀式のやうに
かへる場所のない 子どものやうに ひとはたたずむ
お前が見たものを 僕は見なかつた

さうして絆が ほどけてゆくと どうして
お前に わかるだらう どうして
僕に わかるだらう?


(二〇一五年十二月二十九日)





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