エナガのうた
Wasabi

こんにちは。わたしはエナガ。スズメ目(もく)の野鳥よ。わけあって野鳥保護センターで暮らしています。センターは都市郊外で、近くには雑木林があるから、よく遊びに出かけるわ。野鳥としての自立を目指しているから、雑木林は捕食訓練の場にもなるの。でもわたしに狩りをすることは難しい。脳の病気が原因だとお医者さんは言ってたっけ。日中はあちこち出かけて、日没になると鳥かごにもどる生活。もう長いことここのお世話になっているの。

弱っていたわたしを拾ってセンターに連れていき、それ以来ずっと可愛がってくれる恩人が、達ちゃん。達ちゃんのお母さんはセンターで主任をつとめていて、お家はセンターのお隣りにあるの。

でも達ちゃん、サッカーに夢中で、時々わたしの存在を忘れちゃうみたい。忙しいのは分かるけど、カゴのお水を1週間も替えてくれないことがある。お母さんも達ちゃんに任せた仕事だからかウッカリしてる。そんなときは、ツラツラと恨み節をさえずります。誰かに気づいてもらいたいから、遠慮なく、スッキリするまで大声で。

昨日も達ちゃん、学校帰りに会いに来てくれなかった。エサは底を突きそうなのに。今日はもう愛されている実感がどうしても持てなくて、恨み節をはじめたの。そしたら、どこからか唄が聞こえてね。わたしの恨み節にかぶせるかのように。それはずっとずっとつらそうな哀しい唄。

どこから聞こえるんだろう?ここからじゃ姿は見えないけど、この声、たしかルリビタキじゃなかったっけ。遠い昔に聞いたことがあるような。それにしても哀しい。声はそれっきり聞こえなくなってしまった。

その夜、達ちゃんは鳥かごの水を新しく入れ替えてエサを補充し、わたしの大好きなリンゴをくれた。いつもは赤い皮の切れ端だけど、「母さんにはナイショだよ、大好きだよ」と、蜜のたっぷり入った部分を、静かにそっと置いてくれた。

わたしは嬉しくて仕方がなかった。達ちゃんは忙しくてもわたしを覚えてくれてたし、リンゴの蜜までくれた!達ちゃんはわたしを愛してる。なんて幸せなんだろう!その時ふと、今日聞いた哀しい唄のことを思い出したの。
「幸せなら幸せなうたを唄いなさい。幸せ者が悲しむ唄なんて誰も聞きたくないんだからね」
ルリビタキさんは、そう教えたかったのかも。馬鹿だ、わたし。どうして今まで気がつかなかったんだろう。毎日まいにちグチや不平不満ばかりつぶやいて。幸せなのに、それを感謝したり、うたにもせず。
明日、ルリビタキさんを探しに雑木林へ行ってみよう。会えたら必ずおわびとお礼を伝えるんだ!




翌朝は細雪だった。達ちゃんの登校する姿を見届けると、わたしはリンゴを手土産に雑木林へ向かった。そこは普段、さまざまな鳥や生き物が思い思いに巣をつくり、おしゃべりしたり、うたを唄ったりしている場所だった。
ルリビタキの羽は、主に綺麗な青色。腹部に黄金色も少しあったはず。目をこらして探すと、巣(いえ)はすぐに見つかった。自分の羽を材料にした美しい見事な家だったから。姿は見えなかったけど、感謝の気持ちをこめて、持参したリンゴ、それとわたしの白い羽を1本、置いて帰ることにした。
 
センターに戻っても、わたしは今朝みたルリビタキさんの巣を忘れることができなかった。
キレイに整えられた美しい瑠璃色の羽。その一本一本が艶と輝きに満ちて光り、雑木林のなかでひときわ見事な居場所をつくっていた。あんなに素敵なおウチを作るルリビタキさんて、どんな方なんだろう?もうすぐ日が暮れる。その前にもう一度あの巣を見たい。今度こそ会えるかもしれない。行ってみよう。

うっすら雪化粧をした夕暮れの雑木林は、2月の北風にカサカサと音を立てた。いつもはあんなに聞こえる沢山の歌声が、今はもうピタリと止んでいる。
巣をみるとルリビタキさんの姿はなく、代わりに、どす黒く光った鋭いくちばしの大きな鳥が、わたしの白い羽をくわえて、こちらを睨んでいた。わたしは恐ろしさにギョッとして声も出さず、無我夢中で飛び去っていた。ルリビタキさんはあのカラスに襲われてしまったのか、なぜカラスがあの場所にいたのか、なぜわたしの羽をくわえていたのか、わたしを殺す気だったのか、ショックと寒さと混乱で疲れきり、考えることもできず、そのまま夜がきて眠ってしまった。

朝になっても体調は良くならなかった。頭はクラクラするし、昨日のショックで雑木林に行く元気など本当になかった。カゴにこもっていると、雑木林から飛んで来たムクドリたちが、リンゴをよこせ!リンゴの蜜を持っているだろう!今すぐよこせ!と、ギャーギャーわめき散らしている。その声は狂っていた。昔みた悪夢にそっくりな声だった。

わたしがリンゴを置いて行ったのが間違いだったのか?その後もルリビタキさんが姿を見せることはなかった。ただもう不気味なカラスも、うるさいムクドリたちも忘れて、振り返り、覚えておきたかったことは、幸せなうたを唄おうよ、という気づきだった。

ことだまを信じ、繰り返しうたう言葉くらいは、明るく元気が出るものにしようよ。そんな小さなルールが尊いと、今さらながら気づいたの。くりかえす言葉のなかに言霊が宿るなら、暗く不穏な言葉がそだつのは悲しい。
本当に悲しい言葉に囲まれてしまった鳥は、明るい声でしか鳴けない。それを心の底からもっとも必要としているのもまた自分自身だから。
ルリビタキさんはそれを教えるために、自分は唄いたくもない哀しいうたを、あえて聞かせてくれたのかも。

これから先もルリビタキさんに会うことはないかもしれない。そもそも、あの哀しい声の主は違う鳥さんだったのかもしれない。でもわたしは、これからもあの雑木林に足を運ぶ。そして、きれいな声でくりかえし唄ってみたい。蜜のたくさんつまった、ささやかだけど元気の出るうたを。もうすぐ達ちゃんが学校から帰ってくる。わたしは急ぐように羽をひろげて、ゆっくりと伸びをした。






散文(批評随筆小説等) エナガのうた Copyright Wasabi  2019-02-23 09:27:14縦
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