老舗について
一輪車

世界中で100年以上の歴史を持つ企業は約20,400社ほどありますが、そのうちのほとんどを日本の小売業、製造業が占めているという。
残りは欧州などににぼちぼちあるわけですが中国や韓国には老舗というものがほとんどまったくない。
https://www.recordchina.co.jp/b61409-s0-c30-d0000.html
【創業150年以上の企業は中国にはわずか5社しかないが.....東京商工研究機構のデータでも、創業200年以上の日本企業は2万1666社に上り、1975年以降に創業した会社はわずか620社しかない。7社は1000年以上の歴史を持つ。世界最古の企業トップ3はすべて日本企業だ。】という。
どうしてこういうことになるのか。
なぜ日本より古い歴史をもつ中国(や、その一部であった今の韓国)に老舗が生まれなかったのか。
じつは韓国駆逐艦による「火器管制レーダー照射事件」をめぐる報道の流れを詳細にみていてふと「老舗」という概念があたまをよぎったのです。
それでいろいろ調べてみました。

このことを語る前にわたしの近所にある二軒の自転車屋の話をしましょう。
一軒は韓国人がやっていて大きなビルの一角に大々的にガラス張りの店舗を広げいつも百台ちかくの自転車を表に並べて大安売りをしている。
もうひとつは、日本人がやっているのですが、そこから10メートルもいかないところにある、ささやかな自転車屋さんでして店の前には数台の自転車しか置いてない。
わたしは韓国人のやっている自転車屋でパンクを直してもらったことがあります。その自転車はそこの大安売りで買ったものですが、すぐにパンクしたのです。少々腹立たしい思いでパンク修理に行ったのですが態度が非常に横柄なんですね。しかも、買ったばかりなのにタイヤも悪いから交換しろという。必要ないですよと丁寧にお断りするとプイと横を向いて不機嫌に黙ってしまった。それからはどんなことがあっても二度とそこへは行かなくなりました。
同じマンションに住む住人と世間話をしたときもその自転車屋は評判が悪く、もっぱら丁寧で親切な日本人が経営する自転車屋へ行くという。

これは別に韓国人の経営者が悪で、日本人の経営者が善だということをいいたいわけじゃない。
小さい店舗でも悪い業者がいるだろうし、大安売りでもいい自転車を売る店もあるだろう。また、日本人でも態度の悪い人間もいれば韓国人でも親切な人がいる。あたりまえのことです。

わたしがこの例で言いたいことは、目先の利益を優先して、信頼や信用を犠牲にするならば「老舗」にはつながらないということです。
そしてあれだけの歴史をもつのに中国や韓国にはなぜか「老舗」がほとんどないのです。
ロシアにもないし米国にもわずかしかない。
このことの意味です。
「老舗」というものを作り出す日本人の感性や物の考え方には「時間」という観念が強く意識されているわけです。空間的なものよりも「時間の蓄積」(相互信頼、信用)を非常に大事にする国柄が世界のどの民族よりも比類なく際立っているわけです。

日本人独特のこのような時間性を大事にする国民の感性が、諸外国のような目先の空間的な利益優先思想の前に歯が立つかというとこれはもうお話になりません。
一瞬にして潰されてしまいます。
相手は将来的な時間を共有する意思がないのですから、どんなに信用を落とそうと信頼を築けなかろうと、そういうことは頭にはないわけです。とにかく今、この瞬間勝利すればいいのだからデマを総動員して平気でウソを並び立てる。
またそういうことがそれほど倫理的に問題であるとは思っていない。
他方、日本人は信頼と信用を基礎にした、長きにわたる関係を相手と結びたいと考える習慣があるからそういうことができない。そういう心の動きをしてこなかった歴史がある。

韓国駆逐艦による火器管制レーダーのロックオン事件は、ほんとうは政治問題というより実務的な問題であって、たんに、「軍事衝突を招きかねないから今後は注意をお願いします」ということにすぎない。
本来それは日本のアホなひょ~ろん家が出てきて政治的にああだこうだいうことじゃない。
現場の実務的な問題であるのに、鎌田實などという頭のネジがすこしゆるんだリベラル文化人は「日本は韓国を差別するな。もっと韓国の映画や小説を読んで韓国を理解しろ」とのたまう。
バカバカしい。そういう問題じゃないのです。
しかし、あえて文化論の問題にしたいのなら、今回の事件は韓国のような「老舗」のないお国柄独特のものであるといいたい。
二転、三転、四転、八転と、とめどなくいい訳を変え、ウソ、デマ、捏造を並べてついにはお前が悪いと逆切れしてしまう。
「従軍慰安婦」の論理、「南京大虐殺」の論理などと同じ構造をもった目先だけを大事にする国民性がなせる嘆かわしいデマとウソによる歴史の捏造。そういうものを冷ややかに見ていて「老舗」という概念が頭をよぎりました。

「老舗」はどんどん潰されて駐車場になっている。移民の大量流入とともに日本のお国柄は希薄になっていますが、「老舗」がすべて消失したとき、この世界、宇宙からひとつのうつくしい無駄で余計な価値意識が消え失せる。そのとき「日本人」というものも消えてなくなるのでしょう。










散文(批評随筆小説等) 老舗について Copyright 一輪車 2019-01-23 03:16:45
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