シベリアン・スイートハート 
atsuchan69

聴こえるかい? プーチン、

 /////(ノイズ)。

私は詩人たちの口をとおして
今も尚、歴史を変えることが出来る‥‥

ウラジーミルは一九二四年一月二十一日に死んだ、
旧い日本式家屋の障子に映った影絵のごとく
セン(片山潜)は一九三三年十一月五日にモスクワで死んだ
同士ニコライは一九三八年三月十三日、銃殺された
レフは一九四〇年八月二十日。メキシコにて暗殺された
ヨシフは一九五三年三月一日に脳内出血で死んだ
そして我が愛すべきニキータは、一九七一年九月十一日に病院で死んだ

――すべては許されている
しかし未来においては 強制労働は存在しない
今日も奇跡を待ちわびる捕囚のごとき人民への
言うがままの操作を、ついに我々は完成させたからだ
去勢された彼らはまさに家畜に等しい

北極海を泳ぐレヴィアタンの抱いた
秒刻みの荒い呼吸に混ざる、
冷たい円柱の 金属の肌に零れる数滴の汗は、
果てしない雪原の氷楔に分かたれた
底知れぬ絶望の奈落へと滴り落ちていった

美しい容姿の魔女たちが隠れ住むという、
暗いタイガの森に射す 冬のよわい木洩れ日を浴びて
たぶん、パステルナークの信じた素顔にうかぶ微かな笑みと
もはや奪われてもキッスしか残らない
貧しさに秘めた熱い心が清々しく空を渡る
信じるに足りる、暖かな想いが辺境の地に染みた
異端者と、その家族らの暮らす小さな陽だまり

勝手気侭な表象を漏らすゆえ、
ガラスの瓶に幽閉された 青いインクの
記した過去においてさえ何ら特別な意味もなく
生延びた様々な文字と記号、数式。//
血なまぐさいギロチンの置かれた広場へとつづく
明晰な夢を どこまでも隅々まで監視する
日本製液晶パネルの映した緑色の影がふたつ
厳寒の夜、命の温もりに淡く滲んだ

 /////(ノイズ)。

オレンジとスカーレット、
そしてルビーレッドに輝く
無数にならべ置かれた神の庭の
細長く巨大な火の石を見上げて
あえて興奮した波形が別世界の輪郭を露わにみせる
その逞しい命の、
華麗なる春に咲く花のイメージ
ポトフの煮える鍋の湯気に匂い立つ、
あたかも虚ろな夜に口ずさむフレーズの
蜜のように甘い「降伏」のメロディ‥‥
まるで泣き止んだ海が穏やかに奏でる
夜明けの潮騒みたいに、なぜか 胸はときめく )))

いつか母である国家に裏切られた日、
子らを抱いて流離う明日なき家族たちが
やっと辿りついた夕べの団欒に
どうにか分配する皿の 日ごとの糧は、
きっと誰かの命と引換えに
今日も赤いビーツの色に染まっていた

やがて皮一枚の肌につきまとう
奪われた体温の黒いアラブの生贄の血、
古文書の数行を成就させるべく
暗い研究室に据えられたバスタブにうかぶ
微温湯に浸された「私」という夢の宇宙

感情を排した想いで全世界を見渡し、
純銀製アイソレーションタンクから発した
水面(みなも)の眩い、突然の閃光! 

 ‥‥青褪めた幻覚」」」

「ソーニャ! 
けして触れることを許されぬ、
氷晶に覆われた餓えた女狐の原野。
我が愛しき、淫売のソーニャ‥‥

さほど「位置的でない」私に対して
水に浸されたチベット曼荼羅の色褪せたイメージが
脳に繋がれた電極と接続する装置の働きで
「私」から大深部地下施設の大型モニターに投影され、
程なくクローズアップされた、師走の日本。

あえて親イスラエル・ロビーの反応に傾く
国粋派ともいうべき民族主義者の見るであろう、
大型テレビジョンに写った街角の浮浪者たち。
そこに映し出されるのは、夕陽に染まるリアルタイム東京

高濃度の環境ホルモンに汚染された土と、毒の水
嘘と幻を混ぜたひどく儚い味のする食べ物で育った
ジャコメッティの彫刻ばりの歩く針金たち
感情のない、無機質なコンクリートに響く足音さえも
過ぎて行く日々のうちに空しく消えてゆく
やたら即物的なしぐさで笑う、生体機械の顔/顔/顔。

ああ、今日も風俗店ではたらく 赤い唇のソーニャ! 

淫らな女奴隷の君が歌う地獄のアリア、
その甲(かん)高く、
艶やかな声のそそる響き。 )))
しかし革命を超えた、我等の密かな許し‥‥

――極東の島は、ロシアと鋼鉄の橋で結ばれる――

ようやく燃えはじめたガス・ストーブの焔は、
ああ! けして裏切ることのない
大いなる威光のスイートハート、
――君の温もりだ!

奴隷たちの誰もが恋焦がれた
漠然とした「自由」という名の
広大な永久凍土をそっと撫ぜる/花風に舞う、
夥しい数の乱舞する蝶たち‥‥

 /////(ノイズ)。

――もしも邪魔であるなら、年明けにもフクダを降ろそう





※初出:現代詩フォーラム2007年12月20日21時15分投稿(後、削除)、2008年9月24日、福田康夫内閣総辞職。



自由詩 シベリアン・スイートハート  Copyright atsuchan69 2019-01-22 09:56:05
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