無題
帆場蔵人

眠るひとのいない
ベッド、手摺りには水漏れが、と
書かれていて、シーツには髪の毛が
いっぽん、半ばしろい枝毛のかなしみ

もう増えないであろう
壁や箪笥の上の笑顔や
家族の群れ
灯りのない
部屋に開け放した
扉から差し込む真っ直ぐな
白い光が壁に線を描いて
走っていきハンガーに吊るされた桃いろの
寝間着の背中が光に浮かぶ
ひとがいるように、たしかにいたように
ゆるぎなく立っている
ぼくの頰を叩いた手と、控えめに
髪に触れてきた手、次第に痩せて
丸くなっていった背中の湾曲はなく
若かりし日に毅然としていた背筋が
のびやかな精神が
数限りないあなたの
姿となりハンガーに吊るされて
明日には整理され忘れられていく

このひかりのなかの
輪郭をひとりなぞりながら
未来に沈みゆくものをみつめている

数限りない粒子になって
あなたはまだ漂っている
それでもこの扉を閉めて
ひかりを遮らなくてはいけない


自由詩 無題 Copyright 帆場蔵人 2019-01-21 04:23:20
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