猫野事務所
やまうちあつし

次の面接は
猫の事務所

氷河期だから
買い手市場だ

面接官は三匹

目つきの鋭い黒猫と
まだら模様の虎猫
そしてスラリとスタイルのいい
ペルシャ猫

お土産のつもりで持参した
鰹節をまずは見咎められた

そういうのは困る
こういうご時勢
何事も公明正大に運ばなくては
世間体というものもある
と黒猫は重々しく話すが
三匹の視線は
絶えず鰹節に注がれている

猫の事務所の業務と言えば
猫の目から見た人間の歴史を
忠実に書き留めておくこと
二足歩行の目線とは異なり
気ままに四足でうろつく目線からしか
見えないものがあるという

犬では近すぎる
奴らは遠い昔に
人間と重大な契約を交わして以来
その命運をともにするほか
選択肢がなくなったのだ

けれども猫は違う
人間との共生を続けているように見えて
完全にその配下に入ったわけではない
犬と違って繋がれていないのがその証
私らはいつでも人間のもとを離れて
別の霊長に付き従うことを
選ぶことだってできる

犬たちがその不可能性によって
種の存続を維持しているのと違い
私らはあくまでも可能性として
現在の存在様式を選んでいるというわけだ

長い演説の間も三匹の視線は
私の持参した鰹節から動かなかった

面接はその後
いくつかの実務的な質問に移る

猫についての一般知識
人についての一般常識
猫とのこれまでの交友関係
犬との間の黒い関係の有無

全ての問答が済み
面接の終了が告げられると
私は迷った
持ってきた鰹節をどうしようか

受け取れないと言われた以上
持って帰るのが妥当だろうが
一度カバンから出したものを
もう一度しまうのも気がひける

そこで私は
忘れたふりをして
退室することにする

猫たちが本当に
社会的公正さを重んずるなら
私を呼び止め持ち帰らせることだろう

私は椅子から立ち上がり
うやうやしく礼をすると
そのまま気づかないふりをして
事務所を後にした
扉を閉めるとすぐに
猫たちが暴れまわる物音が聞こえた

翌朝目を覚ますと
枕元には採用通知が届いていた
昨夜のうちに早速
届けに来たと思われる

私は
身の引き締まる思いがした
これで今日から
社会人の仲間入りというわけなのだにゃ


自由詩 猫野事務所 Copyright やまうちあつし 2019-01-17 16:34:57
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