可不可
やまうちあつし

幽霊の朝だ

右手をあげて
おはようのあいさつを
それは別れの
あいさつを兼ねている

かなしみが鳥のように
肩にとまっているから
身体は右に傾いている

よろこびが鼠のように
先を跳ねてまわるから
足取りはおぼつかない

地球の上に着地するには
長靴が必要である

なぜなら地球は泥濘んでいる
あらゆる者の諸事情で
びちょびちょだ

だから言葉は
飛び立ってはならない
それらを乗せてやれないのなら

野球選手のふりをする
あるいは休日に
車を洗いにでかける

昔なじみの神様は
今頃何処かで
透明な羽を生やしているか

赤ん坊に戻って
あるいは
記憶喪失になって

正直に言おう

誰にでも生き別れた
双子の片割れがいる

どこかの駅に置いてある
ピアノを黙って弾いている

仕合せについては
謝らねばならない
欲望については
切手を貼らず投函するとよい

ポストはぽっかり口を開けている
それは宇宙でひとりぼっちだ
届かない手紙でお腹いっぱいだ

むかしむかしあるところで
戦争というものがありました
これからもあるでしょう

詩は
誰でもないもののため
誰にも触れない城を築くため

詩人自身も触れない
そして途方に暮れる

日が暮れて
消失点まで伸びる影

それは
一本の樹木のように
満ち足りた絶望である


自由詩 可不可 Copyright やまうちあつし 2019-01-03 13:28:51
notebook Home 戻る  過去 未来