撲殺
こたきひろし

遠巻きにして人だかりができていた
始発電車まではまだ時間がある
上野駅の構内でそれを待っている人たちは皆一様に張りつめた冬の寒気に震えているに違いなかった

まだ入れない改札口周辺の通路になぜか人だかりができていた
その人だかりのなかで何が起きているのか
それを知るためには私も同じくたかる必要があった

人だかりに近づいて慌てて私は一歩も二歩も引いてしまった
怒号が聞こえてきた
その時私は見てしまった 人と人の隙間から
容赦ない暴力の現場を
それは獰猛な獣に襲われている小動物と何も変わらなかった
帰るところなし家なしとしか見えない哀れな身なりの老人が
背が高くて屈強な体格の若い男に
蹴られ殴られ引きずり回される光景だった

何がトラブルの原因なのか
そんな事知っても何の意味もないと思った
とにもかくにも理不尽な暴力から無抵抗な老人を助け出せるのは
神以外 人間でしかない筈だ
なのに誰一人 人だかりから一歩前に出て暴力を制止する者は現れなかった。
暴力はいっこうにやむ気配のない執拗さを持っているようだった
ついに浮浪者は口から大量の血をながし床に倒れて動かなくなった
若い男はそれでも倒れた体を足で踏みつけようとしたその時、身なりのきちんとした高齢の婦人が前に出てしまった
そして声を震わせながら言った
これ以上は死んでしまいます
すると若い男は冷たい声で言い返した
だから何だよあんたに関係ないだろう

言って倒れた体を改めて足で踏みつけようとした

それをさせまいと老婦人が浮浪者の体に覆い被さった
私はそれを見ても体は動かなかった
傍観者のままだった

傍観者のままだった







自由詩 撲殺 Copyright こたきひろし 2018-12-30 22:41:19
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