共生という名前の生存戦略
足立らどみ

あきらめました。
やっぱり、同化は無理なんです。

良いところまで進んでいたのも確かです。

例えば、神仏混同のようにインドと同じように
日本の神様もお釈迦様と一緒になろうとしていました。

150(CG0)年前、引き離されましたけどね

同化は無理でも一緒には居れそうです。
神社も御寺もクリスマスも、それぞれ
棲み分けしている今を楽しめますから

それとも、昔なら村八分、今ならイジメは
貴方たちには譲れない日本文化なのでしょうか

弱小の立場の私たちとの共生も無理なのでしょうか?

ネット社会は反転する場合がありますので
ここで、私たちを受け入れられないのなら
実社会で貴方たちは、つまはじきされてしまいますよ
※或いは、仕返しなのですか、
人生の仕返しを楽しんでいるのですか?

うまく行く方法は、たぶん、簡単なことなのです
意識が先に立つと、同化政策とか、村八分とか、
つまはじきすることになりますので、
意識の外に置いてくだされば良いだけなのです

「無視することが一番酷い仕打ちだ」なんて
人道主義的な思い入れはしないでくださいな。

貴方の住む町、或いは大都会の近所付き合いと同じで、
基本は意識の外に置いてくださって
気にも留めなくて良いのです。

でくあつても普段は、当たり障りのないお付き合いで、
私たちと共生していただければ、
それだけで良いだけなのです。

さあ、共生という名前の生存戦略を立てましょうよ

以下、棲み分けの提案です。

貴方たちは、人生に疑問を感じても、
母語から離れたところで日々を生活を送ってくださいね。
意識する必要は無いのですから。

私たちは、母語と一緒なので、
傷つけないよう大切にしていくことを約束します。
それでも小さな傷をつけてしまっていたら、
自分への傷として受け入れて参りましょう。
小さな優しさに傷をつけた罪として
その罰を一生背負っていきましょう。

この棲み分けによつて私たち貴方たちは
共生して生存できそうですね


自由詩 共生という名前の生存戦略 Copyright 足立らどみ 2018-12-23 12:20:06
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